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石田友の世界へ ようこそ

最新記事

2012-01-29 評論   「民は泣き寝入り」
2012-01-26 評論   「弱者の遠吠え」

このプログには、次のオリジナル小説があります。

長編小説 「無力」「海の果て1-3部」「理不尽」「陽だまり」「復讐」 「弱き者よ」
短編小説 「不運」 「天軍の藍」「甲子園城」
超短編  「すずめ」 「雨」 「算術」 「逃亡者」

・・・ それぞれの小説へは、この下にある目次から飛んでください ・・・

         日記は左の 記事一覧 からお願いします

  >>> 目 次 <<< 




[ あらすじ ]

    1    

[ 無力 ]

    1     2     3     4     5     6     7     8     9      

   10    11    12    13    14    15    16    17      


[ 海の果て・・・ 1部 ]

    1     2     3     4     5     6     7     8     9     

[ 海の果て・・・ 2部 ]

    1     2     3     4         

[ 海の果て・・・ 3部 ]

    1     2     3     4         


[ 不運 ]

    1    


[ 天軍の藍 ]

    1   


[ 理不尽 ]

    1     2     3     4    


[ 陽だまり ]

    1     2     3     4    

[ 復讐 ]

    1     2     3     4     5    


[ 弱き者よ ]

    1     2     3     4    


[ すずめ ]

    1    


[ 雨 ]

    1    


[ 算術 ]

    1    


[ 逃亡者 ]

    1  


[ 甲子園城 ]

    1  














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民は泣き寝入り [評論]



東京電力は3年後に営業損益が約1600億円の黒字になる、という記事があります。
福島第一原子力発電所の事故は、まだ終わっていません。
政府も東電も発表はしていませんが、まだ放射性物質は放出されていると考えなければなりません。今後、何年で事故が収束するのかという予定もありません。
ところが、東電は黒字経営の会社に戻るのです。
もちろん、前提条件はあります。
・税金を1兆円注入する。
・電気料金をもっと値上げする。
・原子力発電所を再稼働させる。
の三点が大きな前提条件です。
以前に、電気料金の半分は税金だという話をしました。ただし、この税金は国民に還元される税金ではありません。税金もどきの賄賂に当たるものだと言いました。
原子力損害賠償支援機構というカラクリを作り、全国から、全国民(沖縄を除く)から電気料金という名目で集金した金で東電を救うのです。
日本国民は世界一高額な電気料金を支払っていますが、その上にまだ値上げをします。
では、被害に遭った福島県民は救われているのでしょうか。
違いますよね。
この、福島原発事故は嘘と隠蔽と原子力損害賠償支援機構というカラクリで真実を捻じ曲げています。
なぜ、こんなことが正々堂々と行われるのでしょうか。
これが、国家権力です。
政治家と官僚と大企業を守ることが最優先にされた結果です。国は、国民を守るのが使命ですが、それは建前のことで、いつも国民より権力者や利権集団を守ることが優先され、権力者はそれが当たり前だと思っているのです。
国民が大反対をすることはありませんので、いつの間にか、誰も責任をとらずに、権力者と利権集団だけが救われ、民は置き去りにされてしまうのです。
民を裁く法律はありますが、権力者を裁く法律はありません。
学者や評論家はポピュリズムの弊害を強調しますが、その弊害を容認してでもポピュリズムに移行しなければ、現体制の弊害による国民の損失は増えるばかりです。たとえば、国民投票の結果で国が潰れたとしても、国民は自分達の選択に責任を負う形になるのですから、それなりに納得できるのではないでしょうか。今は、権力者や利権集団の都合だけで物事が決められているのに、なぜ、その弊害を誰も指摘しないのでしょうか。
以前に「東電の逆襲」という日記を書きました。
東電は、本音の部分で「自分達は悪くない。国の指導は守っていた」と考えています。
福島原発事故の責任は、7対3で国の責任の方が大きいと、私も思います。
それでも、東電は汚名を選びました。
東電は名を捨てて実を取ったのです。その結果が原子力損害賠償支援機構というカラクリであり、事故後数年で営業黒字の会社に復帰する事です。これだけの事故を起こし、国民に莫大な損失を与えた企業が、まだ、事故の収束すら成し遂げていないのに、事故後僅か4年で普通の会社に戻れるのは異常です。
あらゆる損失は、国民に払わせて、権力者達は「一件落着」と安堵しているのです。
国民は、特に福島県民は、泣き寝入りをしなければなりません。
こんなことが、許されていて、ほんとにいいのでしょうか。

ところが。
福島原発事故が些細な出来事にみえるような大災害がやってきます。
それが、日本崩壊です。これこそ、明らかに人災です。
原子力行政で、民を騙していたように、同じ発想をもって、泣き寝入りをするしか選択肢のない民を地獄に落そうとしているのです。
安全ですよ。
安心ですよ。
国のためですよ。
国が言っているのですから、間違いはありませんよ。
ですから、電気料金を上げます。
消費税も、どんどん、上げます。
国民の皆さん、あなた方の価値は権力者を支える事なのですよ。
今までも、そうやって、うまくやってきたじゃないですか。
でも。
ちょっと、待って。
お代官様、どうか、ご勘弁を。
何度、同じ道を歩けば、民は気付くのでしょうか。
これでは、新興宗教のマインドコントロールと同じじゃありませんか。

野田発言が選挙前と選挙後とでは正反対になっています。
何故だかわかりますよね。
選挙前、彼に権力はありませんでした。
選挙後、彼は権力を手に入れました。
それだけの違いです。
本人も、平然と立場が違うと言います。「私は、権力の側に立ったのですから、民の事よりも権力側の利益を考えなくてはならないのです」と言っているのと同じなのです。政治主導という拳を上げて権力へ挑戦した民主党は、権力に完膚無きまで叩きのめされ、権力の下部組織になることを誓わされたのです。
志のある人間は、自分が正しいと信じたことをやるだけですが、志のない人間は、自分の利益を優先します。これは、もう人間性というか、品性の問題です。
野田という男が、いかに卑しい人間なのかを自分で証明しているのです。
この男の言葉には常に欺瞞が含まれています。もし、国のためと言うのなら、先ず、シロアリの退治を優先しなければなりません。彼はそう言っていたのです。しかし、そのシロアリが権力を握っていることを知ったこの男は、権力の持つ本物の力を知ったこの男は、シロアリの命令に従う方が自分に有利だと判断してしまったのです。
しかし、「自分さえよければ」と考えたこの男には、人を騙す言葉を操れるという才能がありましたので、まだ、大勢の人達はその言葉に騙されたままです。
国民の味方をしていた人間が、国民を裏切って権力者に擦り寄ったとしても、権力者は信用しません。所詮、裏切り者に過ぎないからです。裏切り者は、また裏切ることを知っています。そんな男を官僚が自分の陣営に置いておくでしょうか。官僚は自分を一番大切にしますので、近い将来、この男は切り捨てられることになるでしょう。
権力者が、権力を守るために、権力を行使する。野田はそのパシリをやっているに過ぎません。
そこには、志も、誇りも、使命感もありません。
こんな男に権力を持たせてはいけません。国が滅びます。
しかし。
地獄には、強力な磁力があるのではないかと思います。いろいろなことが、悪い方へ悪い方へと吸い寄せられていくだけではなく、それを推進する人間が責任ある立場に立ってしまうという不幸をも吸い寄せるのです。
今、私達が歩いている道は、数千年の歴史の中でも体験したことがない地獄へと続く道なのではないかという心配をしています。こんな心配は、もちろん、現実にそうなってみなければ信用してもらえないことは承知しています。それでも、心配です。

私達の危険を察知する能力は無くなった訳ではありません。
多くの人の心の奥に、その恐怖心は間違いなくあります。
私達が目を覚まさなければ、私達は地獄に堕ちるしかないのです。
またも、民は泣き寝入り、なんですか。
最後まで、泣き寝入りで、いいのですか。
今度の泣き寝入りは、まだ誰も言いませんが、ほんとに、きついです。
物理的な日本崩壊よりも、心が壊れることの方がダメージは大きいと思います。
人間は強い心も持っていますが、それよりも大きな弱い心も持っています。
たとえば、私自身、崩壊後の自分が強い心でいられるという自信はありません。私は俗物ですから、きっと餓鬼道に堕ちると思います。誰よりも「自分さえよければ」と考えるようになるだろうという恐怖があります。そんな自分を見ながら死んでいくのは辛い事なのだろうなと思います。


2012-01-29



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弱者の遠吠え [評論]



今日は時事評論ではありませんので、元となるニュースはありません。
ごく個人的な感想です。
日頃は個人のブログを読む時間がありませんので、他の方がどのようなことを発信しているのか知りません。そこで、反省をして、ブログの検索をしてみました。
キーワードは、
消費税増税・賛成
消費税増税・反対
財政破綻
の三つです。
消費税増税に賛成する個人ブログは、見つかりませんでした。消費税の増税をしなければ、国が潰れるぞ、と警告する人がいてもおかしくないのですが。どうして、でしょう。少なくとも公務員の方にとっては、今回の増税はメリットがあると思うのですが、なぜ、堂々と主張しないのですか。
それに反して、消費税増税に反対するブログは、山のようにありました。
消費税増税に賛成する人はブログを書かず、消費税増税に反対する人だけがブログを書いている、ということなのでしょうか。
それも、変ですよね。
素直に考えれば、世論調査の数字は間違っているということではないのでしょうか。
もちろん、ただの集計ミスとかではなくて、別の意図を持って違う数字を発表しているという間違いです。設問に問題があったとしても、ここまでのことは出来ないでしょう。
そう考えると、もう一つの疑問も解けます。
増税賛成のキャンペーンをやっているメディアが、世論調査をしているという現実です。
世論調査は、世論操作の道具に過ぎないのではないか、という疑問です。
そこまで、やるか。
世論調査が、ただの世論操作だったとすれば、辻褄が合う、ということは、やっているということなのでは、と思ってしまいます。
もし、そうなら、この国は本当に駄目になりませんか。
財政破綻に関しては、他人事というブログが多くて驚かされました。
財政破綻の結果が、自分に降りかかってくるという意識は希薄だと感じました。
実に不思議なことです。国の財政が破綻しても、国民には何の影響もない。
そんな都合のいいことが、あるのでしょうか。
ネット社会になって、多くの市民が個人の意見を発信するようになりましたが、そのことで個人の意識が変わったわけではないということのようです。
やはり、私達は地獄の一丁目に立つ運命なのではないかと痛感しました。
この国は、もうお終い、なのですか。

どうか。
どなたでも、政治家でも官僚でも学者でもいいですから、
三つのお願いをきいてください。
先ず、消費税を増税すれば、社会保障が充実し、財政破綻が避けられるという納得できる説明をしてくれませんか。5%増税でなくても、いいです。25%でも50%でも。
次に、たとえ、財政破綻しても、国民生活には何の影響もないと、証明してくれませんか。
最後に、日本の未来は、薔薇色なのだ、安心していいんだ、と国民が安心できる説明をしてくれませんか。
中身のない言葉は溢れていますが。
私は、一度も、この手の説明を聞いたことがありません。
悲しい事ですが、そして大変残念なことですが、これが何も知らされていない私達庶民の現実のようです。
更に、恐ろしいことには、庶民にはこの現実を変える方法がないということです。私達の将来を託す政治家がいないのですから。

ギリシャのデモは以前にも書きましたが、今は増税路線に切り替わったイタリアでもデモが頻発しています。道路が封鎖され、流通が途絶え、フィアットの工場が操業停止になりました。世界中の国々で、デモが数多く発生しています。
それなのに、災害復興は進まず、原発事故は終息せず、ウソで塗り固められた説明で不当な増税をやろうとしている日本では、従順な羊達が何事もないような振りをしています。
これは、メディアの世論操作を褒めるべきなのでしょうか。
これで、いいのでしょうか。
今こそ、立ち上がらなければならない時に。
過去に何度もデモの動員をしてきた労働組合は、何をしているのか。
労働組合は、政治活動をやめて、金の亡者になったのか。
市民活動家といわれる人達は、戦争反対しか叫ばないのでしょうか。
今こそ、エネルギーが求められているのに。
若者は、どこへ行ってしまったのか。
「関係ない」と言っていれば、嵐は過ぎ去るとでも思っているのか。
誰もが、自分さえよければ、と本気で信じているのでしょうか。
皆で、日本を潰そうとしていることに、何故、気がつかないのでしょうか。
それとも、こんなことを言っている私が、お馬鹿なのでしょうか。
もし、本当に日本が壊れた場合、国民には責任がないのでしょうか。
いいえ。
何もしなかった国民の責任は重大だと思います。私達国民は、被害者であると同じぐらい加害者でもあります。
何故ならば、この国と国民を救えるのは、我々の世論しか残されていないのですから、それを放棄するということは、それだけで大罪に値しませんか。
念のために申し上げますが、私は不安を煽っているのではありません。そもそも、不安を煽るという言葉は権力者が民を制御するために作ったものであり、民の発想ではありません。民が自分の進む道に危険がある場合には、その危険を知らせるのは自然な本能でもあります。これは、人類が誕生して以来の生活の知恵でもあります。この本能がなければ、人類がここまで生き延びることは出来ませんでした。

ほんの少しだけ、このブログへの訪問者が増えているように感じていて、日本の行き先を心配してくれている人がいるのではないかと喜んでいたのですが、「ブログを更新していれば、増えるものなんだよ」と言われて、しょんぼり、です。
前回、記事紹介をしました。少しずつですが、紹介したい記事が増えてきました。
以前は紹介する記事もありませんでしたので、石田が一人、馬鹿なことを言っていると思われていたかもしれません。まだまだ、日本を動かすほどの世論にはなっていませんが、少しは心強く感じています。と同時に、怖さも感じています。それは、私の心配が心配に終わらずに現実となった場合、国民は悲惨な状況になるからです。今は現状認識の段階ですが、正しく認識出来るとは限りませんし、正しく認識できたとしても正しい対策が取られるという保証はありません。逆に、現状認識を利用して、更なる増税を国民に要求する公算の方が高いと思われます。権力を持っている強欲豚は、庶民に増税を求め、庶民の既得権益を剥奪し、どこまでも自分達の既得権益を守ろうとするでしょう。崩壊への道が変わることはありません。過酷な税にボロボロにされた庶民は、権力者達よりも一足早く地獄へと突入します。まさか、と思われるかもしれませんが、これが世の常です。古来より、権力とはそういうものです。それを打ち破るものは、民の怒りしかありません。
それでも、日本人は「お上」を信じます。これは、ほとんどエムの世界です。趣味の世界でなら、否定するものではありませんが、実生活では、どうなのでしょう。
今、ネットで2009年の野田演説が有名になっています。プロのペテン師も真っ青という演説です。野田という男が、どれほど、いいかげんな男なのか、あきれるばかりです。あの男は、信ずるに足る人間なのですか。
それでも、信じるのです、日本人は。
私も日本人ですが、この「滅びの美学」は理解不能です。

自分が預言したことを後悔する日が来るという予感は強まるばかりです。
今日は、弱小ブログの遠吠えでした。


2012-01-26



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記事紹介02 [評論]



1月24日付けのダイヤモンドオンラインの記事を紹介します。
高橋洋一氏の「社会保障と税の一体改革批判」という記事です。
高橋氏の記事は以前にも紹介したことがあります。
高橋氏の主張によれば、消費税の増税は必要ないということです。
一読に値すると思い、紹介します。
以前は、記事紹介が少なかったのですが、やっと多くの方が財政問題や増税問題に言及してくれるようになりました。まだ、一般メディアには波及していませんが、一般メディアも増税賛成キャンペーンをしていることの危険を認識せざるをえないことになるのではないでしょうか。


2012-01-24



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駄目党とダメ党 [評論]



自民党の運動方針をご覧になった方もおられると思います。
念のため、時事通信社の記事を転載します。


 1、マニフェスト(政権公約)に掲げた重要施策は完全に破綻し、民主党政権の正統性は完全に失われている。
 1、日本の存亡を懸けた政治決戦の年だ。「自民党こそが責任ある政権政党だ」と確信してもらえるよう信頼回復に取り組み、国民の信なき民主党から政権を奪還すべく全力で戦い抜く。
 1、民主党の公約違反の増税に加担できない。国会で徹底的に対峙(たいじ)し議論する。
 1、環太平洋連携協定(TPP)について、国会に特別委員会を設置し(政府に)情報開示を求める。
 1、サンフランシスコ講和条約発効から60年に当たる4月28日までに新たな憲法改正案を策定し、国会への提出を目指す。
 1、行政・公務員改革は急務。衆参議員定数の3割削減を目指し、民意を反映する選挙制度の在り方を検討する。
 1、防衛予算と人員縮減に歯止めをかけ、集団的自衛権行使を可能とする法整備や国際平和協力のための恒久法成立を目指す。
 1、緊急円高対策とデフレ脱却を最優先に位置付け、大胆な金融緩和政策などあらゆる政策を総動員する。
 1、エネルギー基本計画における原子力発電の位置付けや、再生可能エネルギーの導入目標について責任ある政策を早急に打ち出す。
 1、徹底した無駄削減を行い、社会保障制度と消費税を含む税制の抜本改革を進める。
 1、大都市制度に関し、都道府県と政令市による二重行政の解消に向け、民意が反映できるよう具体的な方策を講じる。


この空虚な言葉だけが並ぶ運動方針は、中身がないだけではなく、志もありません。
取り上げる価値もありません。
でも、まあ、面倒ですが、一応、反論してみます。
・民主党がマニフェスト違反だと書かれていますが、あなた方が政権公約を守ったことがありましたか。かろうじて、小泉さんが郵政民営化をしただけです。民主党のマニフェスト違反を、まるで鬼の首を取ったようにはしゃぐ姿は実に見苦しいものです。
・日本の存亡を懸けた政治決戦ですって。日本を存亡の淵に立たせたのはあなた達なのですが、その認識はないのですか。そもそも、自民党はまだ総括すらしていません。政権政党などと、いつまで過去の夢に浸るつもりですか。
・公約違反だから、増税は反対。公約違反でなければ、賛成なんですよね。もう、民主党は増税を公約せざるをえない状況に自分を追い込んでしまいました。あなた方が増税を公約に掲げてもデメリットはないという姑息な考えで国民を愚弄するつもりですか。
・TPPに反対とは言わずに、情報開示を求める。これは、逃げてるだけでしょう。
・憲法改正。志のない三流議員に憲法の改正ができますか。国民を不幸にするだけです。
・国防だけは譲れないという主張。今は、国防よりも内部崩壊を阻止することが先です。そんなこともわからずに、国が守れるのですか。
・円高対策とデフレ脱却を最優先にするなら、最初に掲げるべきです。このことは、民主党のマニフェスト違反を批判するより、重要なことです。大胆なあらゆる政策を総動員するという総花的な言い方は何ら具体案がないという証拠を示しているようなものです。
・原子力行政を野放しにした責任を総括せずに、責任ある政策を早急に出す。こんなこと、誰が信用してくれるのです。あなた方は政権を取った時に障害にならないように言葉を選んで、どうにでも解釈できる余地を残しているつもりかもしれませんが、そのことが、自分達の言葉を軽薄にしていることになぜ気がつかないのですか。
・徹底した無駄削減ですって。あなた方は削減したという実績を持っていません。徹底などという言葉で納得が得られると考えていること自体が、真剣に考えていない甘えを露呈しているのです。政治家の「徹底」や「あらゆる」という言葉が、徹底であったことも、あらゆる施策であったこともありません。何もできませんと宣言することに何の意味があるのですか。
・最後の項目は、大阪維新の会が怖いから、擦り寄りますよと宣言しているだけで、方針などと大上段に振りかぶるのは見苦しいと思います。
・ここには、書かれていませんが、財政再建をどうするつもりなのですか。また、国の仕組みを変える意志が見えませんが、古い、賞味期限の過ぎた自民党政治に意味はあるのですか。国民がそんな政治を求めているとは思えませんが。

地方の方が言ってましたよね。「何故、支持率が上がらないのか」
これを言っているのは、自民党の地方組織の責任者です。
中央政界は、ほんとに、何、考えているんでしょう。
自民党は、もう、駄目ですね。
消えていただいても、結構です。あなた方が存在する意義は失われています。
民主党が「駄目党」なら、自民党は「ダメ党」です。
国民は、どっちの駄目ダメ政党を選びますかと言われても困るのです。

民主党の岡田氏が「消費税は10%では足らないのです」と言いだしました。彼は正直者だと言われています。でも、中途半端な正直者は事態を複雑にするだけです。10%で足りないのなら、何パーセントの増税が必要なのか。なぜ、それを言わないのですか。それだけではありません。増税では財政再建は出来ないと言うべきでしょう。彼はそれを知らないわけではありません。ほんとに、正直者なんですか。
野田・岡田・谷垣。石原。どこを見ても、三流議員です。日本は駄目議員の安売り会場ではありません。国民を愚弄するのもたいがいにしてください。


2012-01-23



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儀式に違和感 [評論]



1月18日、経産省で行われた会議のニュースです。
原子力安全・保安院が大飯原発のストレステストで安全宣言を出すための会議に市民が押し掛け、会議の傍聴を要求し、数時間会議が開催できなかったというニュースです。
市民は警察に排除され、経産省は傍聴を拒否したままで会議は始められ、大飯原発は再稼働しても問題のない原子力発電所だという折り紙をつけられました。
この市民の行動に対して、枝野大臣は不快な表情で市民を批判していました。「静かな環境で会議することが、何よりも大事」という理由で市民を非難しましたが、記者会見で質問する記者もいなかったようです。会議の中身よりも、環境が大事だという論旨に説得力があるとも思えませんが、それが通ってしまうこの国は変じゃないのですか。もっとも、この会議は、既に決定されていることを追認する儀式ですから、儀式なら静かな環境で取り行いたいという大臣の発言も間違っている訳ではありません。
ただ、傍聴を許可しないということは、聞かれたらまずい話があるのではないかと推測されてしまうので、得策とは言えません。もっとも、本当に、聞かれたらまずい話があるのなら、正しい処置だったのですが、どうなのでしょう。
これらの内容は、テレビで何度も放映されましたのでご覧になった方が多いでしょう。
しかし、国民にとって、これは数あるニュースの一つにすぎず、短期間で忘れ去られる出来事にすぎません。しかし、このようなことの積み重ねが、国民の不安感の醸成に大きく作用していることは否定できません。薄皮も重ね合わせていくと鉄板にだってなれるような気がしますし、方向性はよろしくないと思います。
「何か、問題でも」と言う官僚の方の姿が想像できます。
官僚の方は、定められた規則に従って粛々と仕事をしているのであって、暴挙に出たわけではありません。でも、市民感情からは、少し変だな、と感じます。
これは、象徴的な出来事の一つではないでしょうか。
いわゆる、制度疲労がほんの少しだけ表面に出た現象だったのではないでしょうか。
庶民が感じるのは、何かわからないが、違和感のようなものです。
日本は法治国家だと国民は勝手に解釈していますが、法律や規則が庶民のためにあるという錯覚から生じる違和感なのです。ひょっとして、国は国民のために運営されているのではないのかもしれない、という疑心暗鬼にも似た違和感です。今までは表面化しなかったことが、なぜか、最近、妙に出てくることが増えてきたのだと思います。それは、時代が変わってきているということではないでしょうか。制度と時代にズレが生じているのが制度疲労の原因だと思われます。
時代は、多種多様な要因で作られますが、その中には庶民の意識も大きな要因として存在します。その庶民の意識の中に、まだ自覚はしていませんが、漠然と「何か、変」という不安感があります。
経産省に押し掛けた市民の中にあるものは、不安です。それは、今、関心の高い原子力発電という分野で、ほんの少しだけ表面化しただけなのです。
「やらせ」や「なれあい」の公聴会や説明会が、税金を使って開かれるのは何故なのでしょう。それは、そのような規則があり、粛々とそれをこなす役人がいるからなのです。国民のために説明会が開かれることはなく、規則や手続きのために開かれるという現状が時代と整合性をとれない大きな要因ではないでしょうか。
結論は既に出ているが、それを公式なものにするための儀式が、説明会であり、公聴会であり、ストレステストの会議なのです。
では、その法律や規則や手続きが作られたのは、いつの時代だったのか。
それは、戦後の復興期であり、高度経済成長期に作られたものなのです。
その中で、「お上」にとって都合のいい法律が出来、「お上」に貢ぐことが出来る金持ちの要求が法律の形になっただけで、法律は決して庶民のためのものではありませんでした。企業・団体が政治献金をするのは、慈善事業ではありません。政治家のパーティ券を買うのも友情で買っているのではありません。当然の結果として、庶民のための法律が作られることはなかったのです。政治家や官僚は、関西電力や原子炉を作った三菱電機などからいっぱいお金を貰ってきました。とても、おろそかにはできません。法律や規則や手続きは、これらの利権集団のために存在するのであって、庶民のためではありません。
たまたま、今は、福島原発事故がありましたので、表面化していますが、これは原子力行政にだけ存在する問題ではありません。
そもそも、国家機構は、庶民のために存在しているのでもありません。庶民は、ずっとそのことに気付きませんでしたが、東日本大震災や福島原発事故の処理を見ていて、「これは、何か、違うぞ」と思い始めているのです。しかし、残念ながら、庶民には何の力もありません。企業は経団連のような組織を持ち、公務員は日教組や自治労のような圧力団体を持っています。それに反して、庶民連合のような組織は存在していません。お金を貢いでくれる相手や、文句を言ってくる相手には、それなりに配慮しなければなりませんが、何も言わない庶民のことは考慮する必要がないのです。
それでも、時代が変わり、庶民は閉塞感と不安感の中に押し込められ、ほんの少しだけ、それが行動として現れたのが、今回のニュースだったのだと思います。
政府は、数か所で「消費税増税」の説明会を開くと言っています。これも、儀式の一つです。野田内閣も粛々と職務を遂行することがお好きなようです。政治でありながら、やり方は官僚そのものです。いっそのこと、財務省の下部組織に内閣庁を作ってみれば、すっきりとする、見栄えのいいものになるのではありませんか。
日本の国家機構は、時代に耐えられないものになってしまっているのです。それなのに、法律ですから、規則ですから、手続きですからと言って粛々と進めるところに違和感があるのだと思います。庶民は、自分達のために国が存在しているのではない、ということに微かに気付き始めているのです。
古くから、物事が儀式で決められるようになると、そして、そのことに波風が立つようになると、一つの時代が終わるものです。時代が1000年ほど前なら、乱世の始まりとなり、新しい秩序を作る時代になるのでしょうが、今は、それが許されるような時代背景ではありません。私は、ただ単に国が潰れるだけになるのではないかと思っています。
これほど粗末に扱われている庶民ですが、政府が増税をすると言っても賛成する人が大勢いるのはなぜなのでしょうか。政府が庶民のために何かをすることなどありえないのです。良き民でいたいと思っても、ここまでやると、やりすぎではありませんか。たとえば、原子力行政で、国がやりたいようにやってきて、犠牲になっているのは福島県民です。もう、そろそろ、気がついても良い時期だと思いますが、まだ、いい人を続けるのですか。
それでも、多分、日本人はいい人を続けるのだと思います。
この分だと、日本人は、粛々と飢え死も受け入れるのでしょう。
私は抵抗すると思うのですが、そんな私は非国民と罵られるのでしょうか。


2012-01-21



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記事紹介 [評論]



1月19日付けのダイヤモンドオンラインの記事を紹介します。
安藤茂彌氏の「シリコンバレーで考える」という記事です。
日本国債デフォルトが簡単に発生するという警告は、拝聴する価値があります。
ただし、それを大増税で回避せよという意見には賛成できません。
それでも、一読に値すると思い、紹介します。


2012-01-19



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消費税増税反対 [評論]



このブログで、今更、このタイトルは変ですが、敢えて反対します。
菅政権が増税を表明した時から反対していますので、もう、何度書いたか憶えていません。
今日も、あるテレビ番組のコメンテーターの発言から始めます。
自民党大平政権より始まった消費税増税の歴史がパネルに書かれていて、消費税増税に挑戦した政党が選挙で惨敗した過去を取り上げていました。
「なぜ、これほど大敗するのでしょうか」と司会者。
「それは、増税の必然性を国民に示してこなかったからです」とコメンテーター。
では、今回の増税に関して国民に必然性を示したのか、という疑問は話題にならずに、増税は必要だし、国民にも増税容認派が多いと言うのです。蛇足ですが、こうやって増税容認派は利用されるのです。
ちょっと、待ってください。
なぜ、一番肝心なところが抜けてしまうのですか。
今回の増税に関して、国民にその必然性が示されたことはなく、国民は納得しているとは思えないのです。本当のところは、増税の必然性を示していないのではなく、示すことができないのです。必然性がないものを示せと言われても、示しようがありません。
でも、このコメンテーターの方は、消費税増税の必然性を国民に示さねばならないと言っているのですから、その他のコメンテーターよりは一歩進んでいます。
でも、どうして、そこで止まってしまうのか、そこが不思議でなりません。経済の専門家なのですから、具体的な必然性を例示することは出来た筈です。
国民の半数にもなる増税容認派の方々は、確固たる信念を持っているわけでもなく、決して無条件で賛成しているのでもないと思っています。逆に、無条件で半数の国民が賛成しているのであれば、この国は無条件で潰れる運命にあると言えるでしょう。それはそれで仕方のないことかもしれません。
反面、増税の必然性を国民が納得すれば、増税容認派は半数を大きく超えると思っています。何故なら、私でさえ増税容認派になるからです。

官僚利権の50兆円が国庫に戻り、
政治にかかる費用が半分に削減され、
公務員の給料が民間レベルまで下げられて、
それでも、借金が返せなくて、
デフォルトを起こしてしまいます。
もう、隠すものは何もありませんので、
正直に、その情報を開示します。
ご理解いただけたなら、
最後の最後は、国民の皆さんの協力が必要なのです。
増税するしか方法はないのですと説得されたら。
私でも増税に賛成せざるを得ません。
これが、必然性です。

最近では、社会保障と税の一体改革と言わずに、単に一体改革という言い方が増えてきました。もう枕詞を付けてる場合ではないと考えたのでしょうか。増税が社会保障のためではなく、財政破綻の延命に使われるということが多くの方達に知れ渡ったからでしょうか。実に、胡散臭いやり方だと思います。
さて、増税の必然性を国民に示すことなく、解散総選挙になった時、増税容認派の方々は民主党に一票を投ずるのでしょうか。もし、そのような結果になれば、日本は崩壊へ向かってアフターバーナーのスイッチを入れることになります。アフターバーナーというのは、戦闘機が敵に遭遇した時に、その戦闘能力を極限まで上げるためスピードを上げる装置の事です。
世界の主要国で指導者が交代する年ですが、日本も、転換期を迎える年になるのかもしれません。万が一、民主党が信任された場合、この国の崩壊は早まることになるかもしれません。いえ、間違いなく早まるでしょう。多くの事象が同じ方向を向いていると何度も書きましたが、その方向性から推量した場合、ありえないことではないと思います。これでもか、これでもか、と崩壊へと拍車をかける事態が起きるものです。魔物に魅入られたように、一直線で崩壊へと走る人達。「そっちへ行ったら駄目だ」という声も、もう、聞こえていないのかもしれません。

国民の皆様、目を覚ましてください。「何か変」という直感を捨てないでください。あなた方の直感は間違っていないのです。その直感に反した行動をすれば、きっと、後悔することになります。もう、この国には庶民の直感しか残されていないように思えるのです。
こうやって、文章を書いていますと、書いた文章に気付かされることがあります。
私達に残されているのは、ほんとに、私達の直感だけなのだと思いました。
多くのことが、多すぎるほどのことが、地獄へ向かって走っています。
でも、直感は反対方向へ行きたいと腹の底で呟いています。
直感が最後の砦となる状況の根底にあるのは、勘違いだと思っています。
この三十年間、日本人は激動とは無縁な日常を過ごしてきました。これだけ平穏無事な生活を続けると、激動が思考の中に入ってくる余地はありません。だから、今の世の中が激変することなどないと勘違いしているのです。逆に、そう考えているからこそ激変になるのですが、そのことに気付くのは激変を目の前にした時なのです。
これらの不幸な勘違いは、庶民の性癖と、それを利用する「お上」の陰謀によって生み出されています。いつの時代でも、庶民は夢を見たいと願います。若者であればアイドルに憧れ、その時期を過ぎれば立派な社会人だと思われたいと思います。全てが夢なのですが、それが庶民の楽しみなのです。テレビで頭のよさそうな人達が、難しい顔をして、日本の将来のためには増税が必要だと話し、新聞は増税を推奨します。立派な社会人に憧れる庶民は、メディアの主張を自分の主張だと勘違いしたいのです。しかし、社会保障にどんな問題があるのか、財政問題とは何なのかについては、恐ろしいほど無知です。そういう人達が、世論調査で増税賛成と答えるのです。増税賛成派の方で、財政問題を理解している人は数パーセントでしょう。1%以下かもしれません。99%の人は、自分で自分の首を締めようとしていることにも気付いていません。国民全員が専門家になれるわけではありませんので、これはごく自然な事なのです。問題は、官僚の下部組織に組み込まれてしまったメディアに大きな責任があることです。見事なほどのミスリードをしている理由は、現状維持連合の強欲に過ぎません。貧しき民は、いつの世でも、犠牲になるように運命づけられているのかもしれません。ほんとに、悲しい事です。
世論操作で増税賛成派を創り出し、その数字を根拠に増税をする「お上」のやり方は詐欺罪にも匹敵するような犯罪行為です。これも、悲しい事です。
貧しき民から集めたお金で運営されているのが、国家です。それを運営している一握りの人達にとっては、濡れ手に粟なのですが、庶民は諦めています。これで、日本崩壊などが起きれば、庶民は「踏んだり、蹴ったり」のドツボでしかありません。どう考えても、悲し過ぎると思いませんか。

話題は変わりますが、あるコメンテーターが橋下大阪市長をアウトローだと決めつけていました。アウトローというのは日本語で「無法者」という意味です。地方政治家が、国政に言及することは無法者の仕業だと言うのです。また、司会者から小沢さんと橋下さんが連携するという話がありますが、と問われ、アウトロー同士だからありえるのかもしれないと答えていました。このコメンテーターは元国会議員です。私でも、もう小沢さんの時代は終わったと思っていますが、小沢さんも橋下さんも、私は好きです。ただし、私は趣味趣向だけで二人を援護しているのではありません。それぞれの方の手法には問題がありますが、本質に近い場所にいることは間違いないと思うからです。この数十年、今の日本を窮地に立たせたのは過去の政治家達です。その政治家OBに無法者呼ばわりされる筋合いはないのではありませんか。何もしなかった人達が、傷をなめ合う様子は気持ち悪いです。今の日本は、穏便に振る舞える状態ではないという認識にも欠けています。変革を求めると、無法者と呼ばれるのは世の常ですが、この国はそれほどのんびりと構えていられる時ではありません。
ある番組に橋下氏が出演し、橋下批判をしていた評論家に向かって「そこまで言うなら、やってみてください。副市長の席は空けてありますから」と言いました。評論家は「ぐう」と言って黙ってしまいました。評論家の顔をアップにしたカメラマンに拍手。
橋下氏が出演する番組では、特に東京での番組では、コメンテーターが敵意を持って向かっていきます。しかし、番組に出演していた作家の渡辺淳一氏が「あなたの思い通りにやってください」とエールを送りました。渡辺氏には「しがらみ」がないのです。彼なら、テレビ界に媚を売る必要がありません。コメンテーターの不快な表情は見事でした。
お金のためなら魂を売ることができる人間でなければ、コメンテーターは務まらないのでしょうか。それとも、お金のためなら、当然なのでしょうか。
ここで、妄想です。
あり得ない事ですが、出演料を提示されて、テレビ出演を依頼されたら、私も、きっと魂を売るのだろうと思います。悔しい事ですが。その時は、どうやって橋下をやっつけてやろうかと必死に考えるのでしょう。いやだ、いやだ。お金は怖い。


2012-01-18



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ぼく、わかんない [評論]



最初に、ロイターの記事をそのまま参照します。

 日銀の前田栄治・調査統計局長は12日都内の景気討論会に出席し、「国債がリスクフリーでなくなれば、相当な混乱を起こす」と述べ、財政再建と成長戦略が急務と強調した。白川方明総裁も度々「国債に対する市場の見方は非連続的に変わる」として財政再建の重要性を強調してきたが、前田局長は「リスクフリーとされ、各種金融資産のベンチマークである国債がそうでなくなり、担保とみなされなければ相当大きな混乱が生じる」と踏み込んだ。日銀内で金利急騰リスクが従来以上に意識されつつある可能性がある。関係者によると日銀は、昨年末に明らかになった新規国債の発行に占める海外投資家の急増や、「ドイツショック」を受けた国内邦銀の国債離れで、9割の国内保有に支えられた国債市場の現在の安定が急変する可能性を懸念しているもよう。日銀が12月21日公表した2011年7─9月期資金循環統計によると、同時期の国債発行のうち海外勢の買い越しは約7割にあたる8兆9414億円で、国内金融機関の買い越し額の2倍以上。海外勢の投資は短期国債が中心だったが、この時期から長期債への投資が目立ち始めた。海外投資家が欧州ソブリン危機を受けた一時的な逃避先として日本国債を購入していると仮定すれば、何らかの契機に売却を急ぐ可能性も高いため、日銀の一部関係者からは警戒の声も聞かれる。昨年11月末にドイツ国債の入札不調で長期金利が急騰(国債価格は下落)したことで、邦銀の国債投資への姿勢が慎重化した、とされる点についても一部日銀関係者は注視している。さらに、イランに対する米政府の経済制裁強化に伴う原油価格上昇や、国内の消費税政局が混乱した場合に市場参加者の財政に対する信認にも悪影響を与える可能性なども、欧州危機に次ぐリスク要因と一部日銀関係者は挙げており、新春早々視界不良な中での政策運営を迫られつつある。


次に、フィナンシャルタイムズ紙の記事を抜粋します。

日銀が先月公表した統計は、海外の投資家の国債保有残高が9月末時点で過去最高の75兆7000億円となり、1年前の57兆9000億円から3割近く急増したことを示していた。
<中略>
財務省にとって心配の種は、外国人による国債購入の大半が長期国債ではなく、国庫短期証券(満期1年以内の国債)の形になっていることだろう。このような短期国債の購入は、全般的な市場心理が好転した時に簡単に反転する可能性があるため、あまり望ましいものではない。「外国人投資家は今は日本国債に殺到しているが、市場心理が変わり、彼らがより高いリターンを求め始めた時には、利回りが突然上昇するかもしれない」と、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のシニア債券ストラテジスト、長谷川治美氏(東京在勤)は言う。
<中略>
ソシエテ・ジェネラルのアジア太平洋金利戦略部門責任者、クリスチャン・カリロ氏(東京在勤)は言う。 カリロ氏の推測によると、海外の投資家は2012年度の日本国債の需要のうち12兆5000億円を占め、銀行(12兆円)や保険会社(9兆円)、日銀(9.5兆円)を上回る見込みだという。
<中略>
JPモルガン証券のチーフエコノミスト、菅野雅明氏は先週、日本は早ければ2015年にも「慢性的な」経常赤字に転落するとの見通しを示した。「日本は資本の輸入国になるだろう」と菅野氏は書いた。「財政赤字は、わずかながら、外国人投資家からの資金によって賄われなければならなくなる」


参照する記事や抜粋する記事は、そのまま転記していますので、読みにくい部分がありますが、どうかご理解ください。また、これらの記事が100%正しいと言うつもりもありません。しかし、火のない所の煙は、不自然だと思っています。
さて、両記事で海外投資機関が保有する期日の長さ(長期か短期か)に若干の差異がありますが、長期国債が大幅に増えた訳ではなく、その傾向があると捉える程度の差異だと思われます。圧倒的に多いのは短期国債です。
いわゆる専門家の間では、日本国債の危険度について、その認識に差はないように見えます。日本の専門家も、目立たないようにしていますが同じ認識のようです。その認識とは、今日は危険ではないが、明日は危険が現実になる可能性があるという認識です。
この二つの記事を読んで、専門家は、やはり専門家だなと思いました。
一方、私よりはるかに知識もあり、知性や常識をわきまえてはいるが、専門家ではない方は、国債に関する理解という意味では専門家とは違う解釈をしています。財政や長期金利という分野は、馴染みがない分野という一面があるのでしょう。日本国債は大丈夫だと考えている方が多いように感じます。
特に大多数の庶民と呼ばれる人達には、別世界の話のようです。
「財政破綻。なんじゃ、それ」
「わしらには、関係ない」
「よく、わかりませんが、私にも何か関係があるんですか」
街に出て100人の方にインタビューしても、きっと、このような返事が返ってくるのでしょう。財政問題や債務危機や財政破綻という言葉が増えていますが、では、そうなったら、何が、どうなるのか、ということに関しては語られることがありません。もちろん、専門家の皆さんの頭の中にはありますが、職業上、社会不安を煽るようなことは言えないと、口を噤みます。だから、庶民には実感がないのです。でも、専門家の方々は責任というものを履き違えています。権力者の立場を慮って、自己規制することが責任ではありません。正しい現実を伝えることが責任なのではありませんか。海外メディアの記事はそのことを教えてくれています。
白川日銀総裁が「国債に対する市場の見方は非連続的に変わる」という言い方をしたことについては以前にも書きましたが、実に回りくどい言い方だと思います。「国債の暴落があり得る」と言えばいいだけの話です。非連続的変化というのは、そういう意味です。彼は、奥歯に物を挟まなければいけない立場にいるのです。
危険だ、危険だ、という雰囲気の中で、訳のわからないまま増税を持ち出されても庶民には理解できませんので、枕詞に社会保障という言葉をつけて、出来るだけ衝撃をやわらげていますが、今、危険なのは社会保障ではなく、財政破綻なのです。
日本政府は、財政破綻を国民に説明する勇気を持っていません。真実を告げれば、日本は間違いなくパニックになります。個人的には、たとえパニックになってでも、国民に真実を告げて再出発する勇気を持たねばならない時期だと思いますが、既得権益を失う方は容認できないのでしょう。

・海外の投資家が、日本国債を買っているのは避難行動だと捉えてみると、いつの日か、日本国債を売って、より利息の高い投資先に資金を移動することは当然の事です。海外保有の75兆円の半分が、日本から流出した時、一時的にではあっても、長期金利は上昇します。日本の金融機関は我慢できるのでしょうか。もしも、何か別の要因が働いて、日本の金融機関が「逃げ」に走った時、日本国債は史上空前とも言える「暴落」状態になります。
・以前に、格付けのことも書きましたが、社内規定で現在の格付けが投資の限度とされている金融機関があるそうです。その金融機関がどこなのかは知りませんが、今度日本が格下げされた場合、その金融機関は日本国債を購入することが出来ません。1/13に欧州各国の格付けが引き下げられました。いつもは格付け会社を批判するフランスも、おとなしく受け入れました。織り込み済みだという解説もありますが、ユーロ安は止まりません。たかが格付け、されど格付けです。舐めてかかってはいけません。欧州の格下げに対して、日本政府は「だから、どうしても、増税が必要だ」と言います。全体像を示すことなく、増税にだけ焦点を当てるやり方は卑怯だと思います。 [財政再建]=[増税]という刷り込みには、腹立たしさをおぼえます。国の形を変えなければならないほどの借金をしてしまったのです。増税などで問題は解決しません。
・国際収支の赤字転落は、予想より早いという印象があります。国際収支が赤字になるということは企業の内部留保が減少することであり、それは、企業の預金残高の減少となります。前回も書きましたが、国債購入に充てられていた余剰資金の減少となります。
・団塊の世代の退職時期に合わせたように、国民貯蓄率は低下傾向に転じています。年金だけで生活出来る人がどれだけいるのか疑問があります。個人の預貯金は、この先も、当然、取り崩されるものと考えなければなりません。これも、余剰資金の減少となります。
では、誰が日本国債を買ってくれるのでしょう。買ってくれる人がいなければ、売るのを止めればいいと思われますが、それが出来ません。日本は毎年、赤字国債を売ることで生計を立てているのです。国債が売れなければ国家運営の費用がないのです。毎年、国家予算の数倍もの国債を発行しなければ、日本は生き延びることができません。つまり、無理をしてでも国債は売らねばならない。その時に起きるのが長期金利の上昇です。何度も同じ事を書いて申し訳ないのですが、長期金利の上昇は金融機関の破綻を呼び、日本は崩壊へと向かうのです。本年度の国債発行額を200兆円としますと、10%の金利で20兆円の利子負担が発生します。毎年、20兆円もの利払いが追加されても、生き延びれるものなのでしょうか。日本の税収が40兆円ですから、利息支払い能力が無くなることは火を見るより明らかです。日本の場合、国債がデフォルトすれば、国民は無一文になるのですが、国民はそのことを知りません。なぜ、これほど国民生活に直結している大問題が放置されているのか不思議でなりません。「なんとかなる」ような問題ではないのです。
・では、経済成長で税収が増やせるでしょうか。震災復興予算を除けば、日本経済の先行きは大変暗いものです。
世界一の借金大国の日本が生き延びるためには、多くの条件が成り立つことが必要とされています。その状態で、初めて、いや、かろうじて、生きているのです。
ところが、多くの条件は盤石のものではなく、非常に微妙なバランスの上にあります。
あれもこれも、私には、多くの現象が、同じ方向を向いているように見えるのですが、これは錯覚なのでしょうか。それとも、石田の得意な妄想なのでしょうか。

「そこの、お父さん、お姉さん、そして、坊ちゃん。財政破綻になれば、食べる物にも苦労する時代が来るのですよ」
「まさか」とお父さん。
「そんなこと、誰も言ってないじゃない」とお姉さん。
「ぼく、わかんない」と言う坊ちゃん。
多分、坊ちゃんの答えが一番庶民感覚に近いのではないでしょうか。
でも、このことは「ぼく、わかんない」で済む問題ではないのです。
日記「まさか」の内容は極端だと思われた方がいると思います。でも、たとえ、半値八掛けだとしても、地獄になることは避けられません。
確かに、財政が破綻するまでには、まだ時間があります。でも、財政破綻を回避する方策があったとしても、即効性はありませんので回避のためにも時間が必要です。どちらが先か、という時に、モジモジとしていていいのですか。手遅れになってしまいますよ。
私は、広島と長崎の原爆は戦禍ではなく、人災だと思っています。原爆投下以前に戦争を終結するチャンスはありました。福島原発事故も人災です。次に来る日本崩壊を人災にするかどうか、私達はすぐにでも決断しなくてはならない場所に立っています。同じ轍を踏んではいけないのです。
財政破綻および財政破綻後の国民の暮らしというシミュレーションは、ネットメディアでもまだ見たことがありません。ネットで具体的な予想図が出て、一般メディアに波及した時に、庶民は吃驚するのです。その時期は、多分、崩壊寸前になると思いますので、対策を講じる時間は残されていません。そして、もう少し時間があればと後悔することになるのです。
国家運営といえども、人間がやることです。だから、必ず、間違いを起こします。
そのことに目くじらを立ててみても意味がありません。
いかに早く間違いに気付くか、どうすれば、その間違いを是正することができるか。
それが、人間の知恵なのです。
医療の世界で、早期発見・早期治療が推奨されていますが、国家運営でも同じです。
今は、欲ボケしている時ではないと思いますが、無理なんでしょうか。
今ほどメディアの力が必要とされている時はないのですが、駄目でしょうか。


2012-01-16



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甲子園城 [短編]



 西暦二千四十六年十一月一日。
世界が日本崩壊の年として認定している二千二十六年から二十年の歳月が流れていた。
崩壊当時、世界中が大混乱に陥ったが、世界は数年でその状態を乗り越えた。
日本は国家機能を失っただけではなく、あらゆるものを失い、世界から隔離されたままだった。国連やIAEAによる調査で推定人口は2000万人と発表されていたが、それは衛星写真による調査に過ぎず、人口の詳細は誰にもわからない。まだ、世界地図上に存在している国家らしき存在ではあったが、日本に関するニュースは全く見当たらない。国連から年に一回発表される放射性物質の観測値だけが、ニュースと言えばニュースだった。

岩倉舞子は監視塔の階段を昇った。任務だと割り切っていても、どこかで重さを感じている。母親は「いつか、きっと」と言っていたが、この先に、生きていてよかったと思える日が来るという確信が持てない。五年前に亡くなった母親を羨ましいと思う気持ちもあった。父親が守備隊の隊長をしていることで、無形の圧力もある。隊長の家族だという責任感だけで生きることにも疲れている。でも、そんな気持ちは間違っても表には出せなかった。舞子は、十年前まではよく笑う明るい子供だった。この城に来たのは五歳の頃だったから、それ以前の記憶はそれほど鮮明ではなく、城の生活が当たり前の生活だと思っていた。しかし、一番仲の良かった大川由紀とその母親が、父親に殺された頃から舞子の笑顔は失われた。「未来なんかない」と叫び続けていた由紀の父親は、錯乱状態になって自分の頭を銃で撃ち抜いて死んだ。その叫び声は、大勢の人の心を揺さぶった。舞子自身も無意識ではあったが、未来とか将来を考えないようにしていた自分の気持ちに無理矢理気がつかされることになった。今では、自分達がどんな状況下で生きているのかは、はっきりとわかっている。由紀の父親がどんな気持ちで無理心中したのかもわかる。それでも、生きていくしかない今の境遇は重かった。それは、舞子だけではない、城の住人に共通の重さでもあった。
監視任務は、特に冬場は辛い仕事だが、まだ極寒にはなっていないのが救いだった。階段の踊り場には正美が先に来ていた。二人とも声を出さずに手を挙げて挨拶をした。微かな月明かりしかないが、暗い階段の踊り場でも苦労せずに動くことができるのは、やはり監視任務に慣れたせいなのだろう。舞子は無言で正美の横に腰を下ろした。
直ぐに足音がして班長の山崎雪乃がやって来た。洋子は今日も遅刻するのか。洋子はまだ十二歳で、何をするのにも動作が遅く、遅れてくることもしばしばだった。それでも、洋子は監視任務にとって重要な存在だった。それは、誰よりも夜目が利く能力によるもので、十五歳になる前から監視任務を命じられている。舞子も正美も今年で二十五歳になった。雪乃は多分十歳ほど年上の筈だが、正確な年齢はわからない。
四人一組の監視役が六組あり、切れ目なく監視が続けられている。夏の暑さと冬の寒さ、そして四時間の監視には体力が必要であったので、若い女の重要な任務になっていた。
しばらく待つと、洋子が昇って来た。
「行くよ」
雪乃が洋子を抱えるようにして階段を昇り、舞子と正美は後に続いた。舞子は冷たい風に身を縮めた。監視塔は四方が解放されているので、直接の風がぶつかってくる。
雪乃が鈴村多恵から「異常なし」という申し送りを受け、鈴村班の四人が無言で階段を降りて行った。
この南監視塔は東側と西側、そして南側の監視をする。北側にある監視塔は主に北側だけの監視をすることになっていた。
二十年前までは、甲子園野球場と呼ばれ、ここで高校野球が行われ、高校球児にとっては憧れの聖地だったらしい。だが、今ではそのことに触れる者は誰もいない。遠い記憶というより、記憶として残っていないと言った方が正しいのかもしれない。野球というスポーツがどんなものだったのか、舞子の年代では知らないものの方が多い。
この二十年間、余りにも過酷だったことが人々の記憶を遠いものにしてしまったし、かつてのグラウンドも観客席も住人の施設になり、粗末ではあったがいろいろな建物も建っていて、野球場の面影は失くしていた。そこは、甲子園城と呼ばれ、住人の生命を守る砦となっていた。
舞子は所定の場所に立った。異常はないように見える。雲が出てくれば漆黒の闇になるが、まだ月明かりはある。でも、遠くで動く人影は肉眼で確認することは不可能だった。人工の光源は、城の中にも、外にもない。電気もガスも水道も供給されていないし、どこを探しても乾電池の在庫が残っているとは思えない。もし、乾電池が残っていたとしても、自然放電で残量は少なくなっているだろう。あらゆる生産が停止してから二十年が過ぎているのだ。城の住民も乾電池を捜す行動は既に諦めたし、手動で光るライトも動作しなくなっていた。
監視は、二人が一組になって、決められた場所に立って一時間交代で続けられる。
班長の雪乃が時計を確認して指示を出した。時計として機能しているソーラー時計は城の共有財産になっている。電池式の時計が次々に動作しなくなった時に、本部が全住民から時計を徴収し、共有財産とした。監視隊の班長が持っているのは、そのソーラー時計だった。しかし、ソーラー時計も故障すると修理技術がないので使えなくなる。城では、水時計が実験中だった。
この数年、城が襲われた事はなかったが、監視任務が中止になることはなかった。以前は武装した強盗団が襲ってきたこともあったらしいが、舞子の記憶には暗い部屋に閉じこもっていた記憶しかない。最近では城の外で、住民以外の人間を見たこともない。それでも、厳重な警戒態勢を維持しているのは、過去にそれだけの危険があったからだと父が言っていた。
監視任務も残り一時間になった。雪乃と洋子が監視に立っている。
「雪乃さん」
洋子が雪乃を呼んだ。その声に緊張感がある。舞子も正美も立ち上がった。
「あそこ」
目を凝らして見たが、舞子には闇しか見えない。
「何人、いるの」
「五人、ぐらい」
雪乃は舞子と正美の方を見た。舞子も正美も首を横に振る。
「念のため、北と本部に連絡」
「はい」
舞子と正美は、連絡用のロープに向かった。足元に置いてある石を持ち上げ、金具に紐をかけて石を放した。北側の監視塔と、真下にある本部の方から金具が鳴る音が聞こえた。舞子はロープを持って返事を待つ。暫くすると、ロープを動かす返事が返って来た。
「連絡、終わりました」
舞子と正美がほぼ同時に報告した。
「了解」
雪乃は七時の方向を見たまま返事をした。まだ、雪乃の目では見えていないようだ。人影があると言われて見続けていると、何か動いているような気がしてくるが確信は持てなかった。
五分も経たずに複数の足音が聞こえ、三人の男が監視塔にやってきた。
「どこだ」
「まだ、洋子にしか見えません。七時の方向に五人ぐらい見えるそうです」
男達も眼を凝らしたが、誰の口からも言葉はなかった。
「洋子。動いているのか」
雪乃の弟の兵頭康平が落ちついた声で洋子に声をかけた。康平は守備隊の副官をしている。
洋子は首を横に振った。
「そうか。いるのは、大人ばかりか」
「はい」
「女は」
「いない。と思う」
「動きがあったら、頼むぞ」
「はい」
康平は、二人の男に向き直った。
「レベル3にする。本部に全員集合。伝令は直ぐに持ち場につけさせろ」
「はい」
二人の男が階段を駆け下りていった。
「雪乃。全方位を監視しろ。一カ所とは限らん」
「はい」
洋子を除いた三人は、七時の方向ではない方へ監視の目を向けた。
何の動きもない。背後で城の中のざわめきだけが聞こえる。
「来た」
洋子が声を出した。
「南十番の建物の陰に、男、五人」
甲子園城の周囲に木造建築の建物はない。全て城内の燃料になったか、燃料倉庫に保管されているかのどちらかになっている。木造建築を破壊した目的は燃料の確保だけではなく、田畑の面積を増やす目的もあった。従って、残っている建物はコンクリートの建物で、その建物には全て識別番号がつけられていた。
「南九番に、一人だけ。西に二人、東に二人、動いています」
まだ、洋子以外の人間には見えていなかった。
「東六番に一人」
雪乃の緊張した声が聞こえた。まだ、舞子と正美の目には見えていない。
「南八番に一人」
康平の目にも見えたようだった。
「西六番に一人」
正美が報告した。
「西三番に一人」
舞子も確認して報告した。
「東五番に一人」
雪乃が最後の一人を確認した。
「全員、男か」
「男です」
山崎班の全員が返事をした。洋子の目が確かだったことが証明された。
康平は監視塔の隅にある伝声管へと向かった。
「男、五人、五か所に分散。斥候と思われる」
城内での非常時の通信手段は、鉄パイプを利用した伝声管が使用される。特に夜間は他に通信手段がない。本部に情報が届くまでには五カ所の中継点を必要としたが、その方法が一番確実だった。
「東五番の男、畑に侵入」
「西六番の男、畑に侵入」
「東五番、西六番、畑に侵入」
康平が伝声管に向けて報告する。ただの野菜泥棒なのか。でも、男達の動き方には統制が取れているようなものがある。康平は、斥候だと報告した内容を、まだ変えるつもりはなかった。
緊張した時間は二十分ほどで終わった。城の外にも、監視塔にも、いつもの静かな夜が戻っていた。
「引き続き、監視を頼む」
康平が監視塔から降りていった。

朝になって、鐘が鳴らされ、城内の警戒は一気にレベル5に引き上げられた。レベル5は戦闘態勢である。レベル5になったのは、十年以上昔だと聞いている。
眠る暇もなく、舞子は城の外壁へと向かった。山崎班の守備範囲は南側の30番から39番まで。うず高く積まれている石やブロックは城の外壁に近よって来た敵の頭上に落とすための物で、ほとんど力仕事と言ってもいい。女は家の中で待っているという時代ではなかった。特に若い女は前線に配置される。食料の用意は年配の女性が担当し、前線への物資補給は十五歳以下の子供が担当した。
監視塔は指令所になり、監視も強化され、武器を持った男が所定の場所に立った。
舞子の父親は守備隊の隊長をしている。二十年前、父は自衛官で、伊丹の第36普通科連隊に所属する一尉だった。上官である石田友三郎一佐が作った計画書に従って、甲子園球場を城にする計画に参加した。約百人の自衛官が、統制の取れなくなった自衛隊を出た。当時、自衛隊も暴動の鎮圧に出動していたが、たとえ軍人であっても女子供がいる民衆に銃を向けることに強い抵抗があった。だから、石田一佐の計画書は、多くの自衛官の賛同を得た。国の命令に従わないのだから反乱軍になるのだが、中部方面総監部は石田計画に目を瞑り黙認する姿勢を見せた。幕僚長でさえ、間違っているのは政府であり国民ではないと公言していたために、暴動の鎮圧という任務は有名無実のものになっていたのである。
まだ、ガソリンがあった時代なので、武器弾薬を始め多くの資材が甲子園球場に運ばれた。それだけではなく、石田計画は二十年後、五十年後を見据えていた。現在の甲子園城で一番多いのは農業に従事する人達で、自衛隊出身者は100名にも満たない。甲子園城を一つの国に例えるなら、農業国である。守備隊はその農業を守るために存在している。なぜなら、一番大切なものが食料だからである。強盗団や夜盗が増えることも想定されていたし、食料や燃料がなくなることも当然のことと捉えていた。電気やガソリンに頼っている機器が使えなくなるのは当然だったので、手動で使える工具類が集められ、大学や高校を回って弓矢を集めることも行われた。銃器が使えなくなる日が来ることも計画書には書かれていた。民間企業が存在しなくなれば、どんな部品も弾薬も補充できなくなるのは当たり前のことだが、そのことに気付いた人は少なかった。石田計画で手がつけられていない分野は漁業だったが、それはこれから開発しなければならない。石田計画は栄養学の見地から作られたのではないかと思われるほど、人間が必要とする栄養素に拘っていた。
その石田友三郎は十二年前の強盗団との戦闘で死亡、守備隊の責任者は舞子の父親の岩倉孝蔵が引き継いだ。孝蔵は漁業の村を作るべく、何回も調査に出かけていたが、まだ実現していない。動物性タンパク質は鶏肉だけに頼っていた。
甲子園城の住人は、危険があるために城の近くにしか出ない。その場合も、必ず守備隊が警護に就く。遠出をするのは薬草を捜しに行く医療班か、漁業調査をする守備隊だけだったが、甲子園以外の地域がどうなっているのかは彼等が見たり聞いたりする範囲に留まっていた。その中に京都に本拠を置く誠心会と呼ばれる強盗団の話だけはいつも話題になった。今回、戦闘態勢をとったのは、その誠心会のことがあったからのようだ。食料の供出を強要され、それを拒んだ村は皆殺しにされると恐れられている。未だに銃器が使われているということは、自衛隊出身者が関係している団体かもしれない。
午前中は静かに過ぎた。それは、いつもある日常の一日と変わりがないように思えた。しかし、昼過ぎになって南東方向に人影が現れ、次第に数え切れないような人数になった。その中心には馬に乗った人間が十人ほどいる。誠心会は、馬で蹂躙するという話もあった。
白旗を持った人間が一人だけ、馬で近よって来た。
兵頭康平が城を出て対応した。
「話し合いがしたい」
誠心会の男は防弾チョッキを身につけ、小銃を背中に背負っていた。男は馬を下りずに大声で宣言した。
「何を話し合うのだ」
康平は何の武器も持っていないし、汚れた作業服姿だった。
「お前が代表なのか」
「そうだ」
「もう少し、まともなのは、おらんのか」
「残念だが、私が話を聞く」
「要求は、二つある」
「・・・」
「蓄えの食料を半分だけ、譲ってもらいたい」
「・・・」
「そして、ここの責任者の身内を、預からせてもらう」
「わかった。その二つでいいんだな」
「いい子だ。それで俺達は引き上げる」
「ただし、こちらにも、一つだけ条件がある」
「何だ、言ってみろ」
「お前が、あそこにいる人間、全員を殺してこい。そうすれば、今の条件を呑む」
「なに」
「条件とは別に、助言がある。このまま引き上げろ。それがお前達のベストの選択だ」
「俺達が誰か、知らんのか」
「いや。知っている。誠心会という名の弱い者いじめが好きな弱虫だと聞いている。だが、誠心会もこの甲子園で終わりになる」
「貴様」
男が銃の皮紐に手を持っていった。
「やめとけ、お前のその貧弱な頭は何人もの銃で狙われている。白い旗で守られているなどと勘違いするなよ。お前を殺していないのは、ただの情けに過ぎん。とっとと逃げ出せ」
そんなやりとりが行われている時に、赤い旗がセンターポールに挙げられた。敵から見れば戦闘開始の旗に見えるかもしれないが、それは全員退避の旗だった。
「退避」
雪乃の一声で、舞子達は走った。何度も何度も訓練をした事なので、守備位置についていた全員が速やかに退避した。急に地球上から音が消えてしまったような静けさがやって来た。
康平は指令所になっている監視塔に戻って来た。言いたいことを言ってこいと言われて交渉役に任命されたが、もっとやり方があったのではないかと思った。
康平は隊長の岩倉孝蔵の前で頭を下げた。
「すみません。すこし、言いすぎました」
「あれで、いい」
「はあ」
「あいつらは、何をしに、来た」
「食料の調達です」
「ここでは、食料が余っているのか」
「いえ」
「あいつらに、半分の食料を渡せば、この先一年、皆は何を食べればいい。我々が餓死すればいいのか」
「いいえ」
「ここにいる人達は、必死で作物を作っている。あいつらは、暴力でその貴重な作物を出せと言っている」
「はい」
「今回、食料を渡せば、あいつらは二度と来ないのか」
「いえ」
「一度暴力に負ければ、何度でも、永遠に、負け続けることになる。どうやって、生きていけばいい」
「はあ」
「こちらが、どんな対応をしても、同じ事だ。あいつらは、力で、暴力で、我々をねじ伏せようとする。戦うしかないんだよ。ここにいる人達を守るために、私達はいる。それが、守備隊の仕事じゃないのか」
「はい」
「あいつらの態度は自信に満ちている。どうしてだ」
「・・・」
「それだけのものを持っている。銃はもちろん、重火器もあると思わなくてはならない。守るのは簡単ではないだろう。だけど、暴力に負ければ、全てを失う。最後には心までも失うことになる。守備隊全員の命を張ってでも、住人を守らなければならない。それが、出来ないなら守備隊など、いらん。私達は一粒の米も作ってはいない。住民を守れなければ、我々はただの寄生虫になる。そう、思わないか」
「思います」
「戦うしか、他に道はない。そして、最後には勝たねばならない」
「はい」

暫くすると、キュルキュルキュルという音がして、近くで爆発音がした。舞子達は耳を塞いだ。守備隊の男の人が、迫撃砲だと言った。
「大丈夫です。ここにいれば心配ありません」
何発もの爆発音がやんで、また静寂が来た。しかし、何かが匂う。普通でない音もする。守備隊の男が駈け出していった。
「外で火災が起きていますが、旗は赤のままです。動かないでください」
粗末な家だったが、家の中にはそれなりに大切なものもある。それは、誰でも同じ思いだっただろう。それでも、動く者はいなかった。住民は自分を主張すれば生きていけないことを肌で知っている。本部が住民個人のことではなく住民全体のことを考えていることは、この二十年間で証明されている。城の中には裁判もあり、禁固刑こそなかったが、有罪になれば追放だった。追放は死を意味する。それは、個人にとっては強制でもあり、統制でもあったが、全体が生き抜くためには欠かせないものであると知っていた。ここでは、誰も個人を主張しなくなった。生き延びるためには、そうするしかなかったのだ。
十分ほど過ぎて、再び迫撃砲の爆発音が聞こえてきた。

迫撃砲弾は監視塔にも着弾し、守備隊の隊員が二人負傷して医務室に運ばれた。司令部は監視塔の下の階にあったが、直撃弾が来れば司令部が崩壊する危険もあった。だが、隊長に動く気配はない。通信網や電子機器がある訳ではないので、戦闘状況を直接把握できる場所にいなければ指示など出せない。監視に二人、司令部に四人、伝令に五人の兵士が、砲弾の危険の中にいた。
「前進してきました」
監視塔の隊員が声を上げた。
「敵の武器を確認しろ」
隊長は机の上に手書きの地図を広げて、睨みつけている。
「四時の方角に、ロケット砲らしき銃器を持った人間あり」
「六時の方角。ロケット砲を二台確認」
手動の重火器は、全てロケット砲と呼ぶことになっている。それが、無反動砲であれ、スティンガーであれ、甲子園城の外壁を突き破ることになる危険度は同じだからである。日頃から、出入り口は東側と西側にあるだけであり、その他の出入り口は土盛りをして、瓦礫を積み重ねてあるので破られることはない。通常の出入り口も土嚢の積み上げが完了した。しかし、外壁に重火器で穴を空けられれば、そこから侵入を許すことになる。城内への侵入を許せば、時間の問題で制圧されるだろう。
「四時方向の砲、一番。六時方向の砲、二番と三番。それぞれ距離の報告」
「一番。距離、500」
「二番、三番。距離、500」
「200まで、待て」
隊長が伝令の二人を呼んだ。
「この戦いに住民の防衛隊は使えない。ただし、住民には自分を、自分の家族を守ってもらわなければならない。銃が扱える人には、銃を持たせるように指導員に連絡。各指導員には住民を最後まで守ることに全力を出してもらいたい」
「はい」
二人の伝令が司令部から飛び出していった。
「黒崎君」
「はい」
「敵の人数の確認と、銃器の数を確認してくれ。上の二人には距離の確認に専念させるように」
「はい」
副官の一人である黒崎大悟が階段を昇って行った。
「兵頭君」
「はい」
「守備隊から二十名選抜して、敵の背後に回ってくれ」
「はい」
「充分な武器と弾薬を使って、よし」
「はい」
隊長は司令部から走りだそうとする兵頭康平を呼び止めた。
「この戦いを、君はどう見る」
「かなり、危ないかと、思います」
「その程度か」
「いえ。敵が城内に入れば、負けます」
「その通りだ。それがわかっていればいい。それと、我々は軍隊ではない。交戦規定もない。我々が勝つためには、相手を皆殺しにしなければならない。生き残りが、次回の攻撃をしてくれば、防ぐことはできないだろう。だから、君が敵の司令部を制圧したら、全員にとどめを刺せ。相手が武器を捨て、両手を上げても、射殺しろ」
「はい」
「頼んだぞ」
「はい」
隊長は残っている三人の伝令を呼んだ。
「今、判明しているだけでも、ロケット砲を持っている敵が三人いる。距離200になったら、その三人に向けて一斉射を行う。各班は、そのターゲットをしっかりと見ておくように。ロケット砲を撃たせてはならない」
「はい」
三人の伝令も指令所を飛び出していった。
「間宮さん。何か助言はありませんか」
「最後の攻防戦は一階ですよね」
「そうなるでしょう」
「そこの指揮を、私にとらせて頂きたい」
「自分が行くつもりです」
「司令部を空にして、ですか」
「司令部を移せば、いいのです」
「駄目です。私にも黒崎にも、あなたのような判断はできない。あなたには、最後まで命令を出し続けてもらわなければならないのですよ。戦闘員が一人もいなくなった時、あなたは、自由に戦ってもいいのです。それが司令です」
指揮官が戦死した場合は、副官が指揮を執る。副官は三人いるが、その順番も決められていた。兵頭が別働隊で出ていったので、二人がその責務を負うことになる。間宮は自衛隊でも上官だったし、年齢も五歳ほど上だったが、石田友三郎が死んだ時に間宮は隊長を受けなかった。岩倉孝蔵は、自分で進んで隊長を引き受けた訳ではないが、石田計画に最初から参画していたので、何としても石田の構想を実現し、民族の生き残りを成し遂げたいと思って、隊長の仕事を受けた。
黒崎が戻って来た。
「敵の数、およそ200。自動小銃50、小銃は約50以上。拳銃は不明です。その他の者は日本刀で武装しています」
「そうか。三台以外にロケット砲は見えないか」
「はい」
黒崎の報告直後に監視塔から大声がした。
「砲、一台発見。りゅう弾砲と思われます」
「なに」
司令部の全員が立ち上がった。岩倉も司令部の小窓から覗いた。敵の司令部の前面に砲が出てくるところだった。確かに105ミリりゅう弾砲のようだ。ガソリンの備蓄がまだあったのか。それとも、京都からあの砲を引いてきたということなのか。甲子園城は軍事施設ではない。小銃程度の火力であれば建物は役に立つが、砲弾に対しては無力に等しい。砲弾が大量にあれば、甲子園城を瓦礫に変えることも可能だろう。
岩倉は伝声管に向かって大声を出した。
「総員、西側に退避。総員、西側に退避。走れ」
「監視員、降りてこい」
「はい」
「ここの全員で、退避の誘導確認に走れ。行け」
岩倉を除く全員が飛び出して行った。敵がなぜ広い南側に展開したのか不思議だった。りゅう弾砲の射界が必要だったのだ。自分の甘さに腹立ちを感じながら、岩倉は敵のりゅう弾砲を見詰めた。これで、この戦いは決定的に不利になった。
敵はりゅう弾砲で攻撃して、突入してくるだろう。背後からの攻撃に出た兵頭班があの砲を無力化しないかぎり、籠城戦とはいえ倍以上もの敵に勝てる訳もない。
次々に司令部要員が戻って来た。
「伝声管の要員も退避させたか」
「はい」
全員が戻って来た。
「これからの戦闘の説明をする」
「はい」
「りゅう弾砲の攻撃の後に、敵の突入は始まる。主戦場は一階の着弾点になると思われる。黒崎班は、砲撃が終わり次第、60人で侵入の阻止をする。間宮班は15人で2階3階の守備をしてください」
「はい」
「私は、予備隊をつれて、兵頭班の援護に行きます」
予備隊というのは、怪我をしたり高齢になったりして兵士としての機能が減少した人達の集まりであり、守備隊の人数としては数えられていない。
「司令部は」
「もはや、司令部は機能しない。一階の司令部は黒崎であり、二階の司令部は間宮さんになる。一階と二階の連携もとれないと思うので、独自の判断でお願いする」
「自分が兵頭班の援護に行きます」
「いや、私が行こう」
黒崎と間宮が同時に立候補した。
「ありがとうございます。でも、これは指揮官としての命令です。皆さんの力を信じています。すぐに行動して下さい」
「はい」
「それと、兵頭にも言いましたが、勝利したとしても捕虜はいりません。わかりますよね。捕虜に与える食料はありません。餓死させるより、殺してやったほうがいいと思います。無抵抗の人間を殺すのは抵抗があるでしょうが、全員、殺して下さい。敵の負傷者は、速やかに射殺すること。これは、命令として受けてください」
「はい」
この戦闘ではどの任務も同じような危険度がある。それは、敵も味方も同じ条件だろう。負ければ、少なくとも守備隊の人間に生存者はいない筈だ。この時代、この過酷な条件は守備隊の全員が受け入れてくれると、岩倉は考えていた。
「解散する」
岩倉は最初に司令部を出て走った。2階の西側奥に、病人と年寄りが避難している。
「大山さん」
「おう」
岩倉は大山と五人の男の名前を呼んだ。六人は直ぐに部屋を出てきた。
「敵はりゅう弾砲を構えています。兵頭が20人をつれて回り込んでいますが、我々は兵頭班の援護に行きます。体調の悪い方はいませんか」
「大丈夫だ」
大山の答えに全員が大きく頷いた。
「急ぎます」
岩倉は六人の予備隊を連れて3階の武器庫に向かった。かつての上官もいれば、下士官だった人も岩倉より年長者だった。日頃は農作業に従事しているし、密かにトレーニングをしていたことも知っている。守備隊の任務を外された事に不満があったことも知っていた。
「体力に合わせて、銃弾を持っていきます」
「わかっとる」
銃の手入れは定期的に行っているので、外見だけを見て自動小銃を手にした。背嚢にカートリッジを詰める。多少重くなっても、弾切れになるよりはいい。既にベルトも拳銃も身につけている岩倉が、最初に準備を終わった。
六人の動作は老人のものではなかった。これなら、戦力になる、と少し安心する。
全員が部屋の前に立った。
「海岸沿いを迂回して、一気に走ります。遅れても構いません。但し、必ず追いついてください。正面に展開している敵は約200、砲のある場所には約50です。我々はその50を殲滅します。質問は」
「行こう」
六人の予備隊員の顔は、若い時を彷彿とさせる気力に満ちた顔をしていた。
まだ砲声は聞こえない。近くにいた人達に手伝ってもらって、西側の通用口にある障害物と土嚢をどけてもらって外に出た。背後で閉じられた扉を見た。この戦いに勝たなければ、二度とあのドアの中には入ることが出来ない。
岩倉は前を向いて走り始めた。

兵頭班は二号線まで迂回して東へ進んだ。足の速い三浦と佐藤が、小銃だけを持って先行している。少なくとも甲子園城の周囲10キロ圏内に生存者はいない。人影があれば、それは敵の見張りということになるが、全く誰とも出逢っていなかった。武庫川の手前で南に折れて走る。前方に三浦と佐藤の姿があった。兵頭達は出来るだけ足音を出さないようにして、二人に追いついた。
「二本向こうの道路に見張りが二人います」
「一カ所だけか」
「多分」
「二人は、我々が攻撃を始めたら、敵の見張りを制圧。合流してくれ。残りは、散会し、各自、見張りをよけて進む。集合場所は競輪場跡」
その時、砲声が聞こえた。
「なんだ、あれは」
何人かが同時に声を出した。
「敵には、野砲があるということだ。急がなくては、城に穴が開く。行くぞ」
兵頭班は、足音を殺し、見張りを迂回して競輪場を目指した。
競輪場に集合した兵頭班は、新たな斥候を出して、ビルの陰を走った。斥候の内村が片手を挙げて止まるように伝えている。敵の姿が見えたのだろう。その時、すぐ近くで砲の轟音が聞こえた。他の隊員をその場に置いて兵頭康平は走った。
りゅう弾砲の周囲にいる10人ほどの男達は砲兵だが、砲兵以外におよそ50人の武装した男達がいる。離れた場所に、10頭以上の馬がいた。城から見た時は馬に乗っていた男達がいた筈だが、馬が砲声に驚くのか、馬上にいる敵はいなかった。
康平は内村と共に戻った。
「内村班は、右手から砲兵だけを狙え」
「はい」
「山田班と佐伯班は左側から、敵の司令部を攻撃する。敵の人数はおよそ50。最初の攻撃で、少なくとも20は倒したい。残り30なら勝負になる。合図は佐伯班の銃声」
康平は佐伯班と一緒に近くのビルの裏側から侵入した。昔は事務所に使われていたようだったが、窓ガラスは割れ、机の上は分厚い埃で覆われていた。出来るだけ埃を舞い上げないようにして窓脇に取りついた。康平は、他の班が配置につける時間を計った。
砲兵が「発射準備完了」と大声を出し、全員が両手で耳を塞ぐのが見えた。「発射」の声で轟音がビルの壁を揺らした。排出された薬莢が、道路の上を走った。康平は双眼鏡を取り出す。城には既に三カ所の穴があいていた。
康平は佐伯の横に寄った。
「次に、砲手が手を挙げたら、撃つ」
康平は砲手の動きだけに目をやった。五人の男が動き回っている。監督官らしき男が、兵の報告を確認し、右手を挙げた。
「撃て」
佐伯班の六人と康平の銃が銃弾を吐きだした。山田班と内村班も銃撃を開始した。
康平達が優勢だったのは、ほんの数秒だったのかもしれない。敵の応射は機敏に行われた。
敵は瓦礫の向こうに回り、的確な射撃をしてくる。銃の数では、まだ敵の方がはるかに優勢であり、康平達が動きを見せれば集中砲火を浴びるようになった。
「退避するぞ」
このまま動きを封じられたら、背後に回られる危険もある。
佐伯班が背を低くして出口に向かった時に、ロケット砲弾が飛び込んできた。康平も爆風で倒されたが、傷は見当たらない。康平は出口に走った。だが、部屋の出口付近で佐伯班の二名が倒れていた。頭部が大きく損傷していて、二人が死亡しているのは明らかだった。
建物を出た場所に佐伯が蹲っていた。押さえている腹部から出血が見える。
「自分は、ここに残ります。あと、お願いします」
佐伯は康平の返事も聞かずに、建物の中に消えた。
康平は佐伯班の三人を連れて、別の建物を回り込み、山田班が入ったと思われる建物の先に向かった。囮になった佐伯の勇気を無駄にできない。
銃声を聞いて、四人は地面に伏せた。康平は三人を残して建物の端に駆け寄った。五人の男が背を向けて銃撃している。相手は、別行動をしている三浦と佐藤に違いない。後ろの三人に建物を回り込むように手で指示し、康平は自動小銃を構えた。
敵の二人が身をかがめて、康平の方へ走ってくる。三浦達の背後に回り込むつもりだろう。味方の三人が位置につくまで待っている時間はない。康平は二人に向けて引き金を引いた。出来れば流れ弾が残りの三人にも届くように祈った。
康平の銃弾で二人の敵がつんのめるように地面に這った。それに気付いた三人が走りだした。敵の死体に銃弾を撃ち込んでおいて、康平が飛び出して追いかけようとした時に横からの銃撃で一人が倒れた。残った二人は銃を捨てて、両手を高く挙げた。
追いついた康平は、その二人に向けて銃を撃った。驚いた眼をした敵がその場に崩れ落ちる。康平は、無言で二人の頭に銃弾を撃ち込んだ。
康平達は建物の中に入らずに、建物の陰から銃撃を始めた。だが、戦闘は守備隊の方が劣勢だった。敵が左右に展開し、背後に回れば康平達の全滅もあり得る。
その時、突然、敵の側面から銃声がして、敵の抵抗が弱くなった。誰かが援護に来てくれたことを確信して、康平は飛び出した。敵が壁にしていた瓦礫に取りつくと、城の方へと逃げていく敵の姿が見えた。康平は走りながら銃を乱射した。内村班の三人と山田班の二人が建物を飛び出してきて、康平達の五人に合流し、敵の背後から必死で撃ちまくった。敵が立ち止まればこちらにも犠牲が出るが、敵は逃げることに必死だった。
敵の司令部は城に攻撃をかけている味方のいる場所で態勢を変えたかったのかもしれないが、自分達の上官が逃げているのを見た攻撃部隊は危険信号だと思ったようで、その場を離れ始めた。
「一人も逃がすな」
康平は大声でどなりながら走った。十人が左右に展開しながら銃撃を続ける。たった十人で百人以上の敵を包囲する不思議な戦いとなった。城の二階からの銃撃が勢いに乗ってきて、敵は総崩れ状態になった。砲弾で破壊された一階の穴からも敵が退却してくる。
そこは、殺戮の修羅場に変わった。
一人が銃を捨てて、大きく両手を上に挙げると、次々に武器を捨てた男達は「撃つな」と大声で叫び始めた。
銃声が止んだ。
城に侵入していた敵も外に出てくると、同じように武器を捨てた。
「後ろにさがれ」
康平は、身をさらして前に出て、叫んだ。降伏している敵を城の外壁に追いつめる。一階から守備隊の黒崎達が銃を構えて出てきた。
二十人ほどで、五十人を超える敵を壁に追いつめて包囲した。
「撃て」
康平は銃の引き金を引き絞った。それは、無抵抗の人間の虐殺だった。
敵はその場で、次々に死体になった。
康平は無言で、近くにある敵の死体の頭に銃弾を撃ち込む。守備隊は康平にならって、倒れている敵の止めをさし、甲子園城の南側に二百人以上の死体が並んだ。
「佐倉」
「はい」
「向こうに負傷者がいる。応急手当のできる材料を持って、走ってくれ」
「はい」
佐倉と横にいる笹本は看護兵の資格を持っている。二人が、材料を取りに城に駆け込んだ。
「内村班、山田班、佐伯班は運搬車を持って、負傷者と遺体の収容」
「はい」
康平は横に立っている黒崎に声をかけた。
「司令は」
「お前の援護に行った」
「間宮さんは」
「わからん。間宮さんは二階の指揮をしてた」
「間宮さんが来るまで、俺が指揮をとる」
「頼む」
「黒崎。被害状況を」
「わかった」
「犠牲者は、一階の南側の通路に」
「わかった」
「守備隊以外は、まだ動かないように」
胸が悪くなるほどの血の匂いの中で、康平は指示を出した。
二階の守備隊が、三人出てきた。
「間宮さんは」
「亡くなられました」
「そうか。しばらく、ここで見張りをしてくれ」
「はい」
何事もなかったような静けさの中で、康平は銃を構えたまま立ちつくした。
暫くして、佐倉と笹本が戻って来た。
「負傷者は」
「いません」
「いない」
「はい」
「司令は」
「亡くなられていました」
「そうか」
「すみません」
「黒崎に、犠牲者の名前を報告してくれ」
「はい」
「後は、中で、医療班を手伝ってくれ」
「はい」
康平は、その場に座り込みたい気分だった。
別働隊の帰りが遅い。
「牧野」
「はい」
「内村さん達の帰りが遅い。様子を見てきてくれ」
「はい」
黒崎が城から出てきて、ボードを康平に渡した。
ボードには三枚の紙が挟まれていた。死亡、重傷、軽傷の氏名が書かれている。
守備隊の死亡は五十二名、予備隊が六名死亡、重傷が十一名、軽傷が五名とあった。
「五十八」
「ああ」
守備隊は九十四人だから、無傷の人間は二十六名しかいない。
「阿久津さんと倉持さんを捜してきてくれないか」
「ん」
「この死体の処理を頼みたい」
「ん」
甲子園城には、生産隊と守備隊と援助隊があり、阿久津三郎は生産隊の責任者であり、倉持誠は援助隊の責任者だった。
内村班の様子を見に行った牧野が戻って来た。
「捕虜を一名、連れてきます」
「捕虜」
「馬の世話係だと言っています」
暫くすると、二台の荷車の前に両手を挙げた中年の男と銃を構えた内村が歩いて来るのが見えた。
捕虜の足が止まった。無数の死体が目に入ったようだ。内村の銃で体を押された捕虜が歩き出した。守備隊隊員の遺骸が荷車の上に積み上げられている。岩倉司令の遺体もあった。
「一階の南側通路に」
康平は荷車を引いている三浦に伝えた。通り過ぎる荷車に、康平は頭を下げた。ほんの少しの偶然が生死を分ける。これほどの戦いは誰もが初めての体験だったが、生き残っている人間が、例外としか思えない。この戦いで、康平の中の何かが壊れ、何かが生まれている。それが何なのか自分にもわからないが、今、ここに立っている自分は過去の自分とは違う人間だと感じていた。責任を背負った事だけではない。多くの人命を奪ったことでもない。それは、不条理の過酷さなのかもしれない。答えのない疑問の中で、生きていくしか道がない。何のためにと問えば、自分の心は広漠とした砂漠に放り出されることが目に見えている。答えがないだけではなく、答えを求めてはいけないという現実。これが、生きるということだと、人は誰も知らない。勿論、康平に見えるものも、薄暗い闇だけだった。生き残った人間も無限地獄の中にいる。ただ、食うために生き、生きるために人間の命を奪う。これが兵士の業なのか。
「馬は、農作業の役に立つと言っている。馬の世話が出来る自分を殺さないでくれと言われて、殺せなかった」
内村が、無表情に説明した。
康平は怯えた表情の男を見た。岩倉司令の命令は、皆殺しだった。守備隊の責任者になったことで、新たな命令が自分に下せるのだろうか。康平は即答出来ずに、男から視線を外した。
黒崎が阿久津と倉持を連れてきた。阿久津も倉持も60歳を超えているし、死体を見ても驚かないだけの体験はしている。
「お願いがあります」
「これか」
「はい。守備隊は犠牲が大きくて、動けません。もう、敵はいないと思いますが、警護はしなければなりません。お願いできますか」
「わかった」
「それと、守備隊にも多くの犠牲が出ています。できるだけ、家族の手で掘りたいと思いますが、手伝っていただけると有難いです」
「犠牲者は」
康平は犠牲者の名前があるボードを渡した。
「58名」
「はい」
「岩倉さんも、か」
「はい」
「私達で、掘ろう」
「ありがとうございます」
阿久津と倉持は、守備隊の損害状況の紙面を見詰めた。
「倉持さん」
「ん」
「また、墓標をお願いします」
「ん」
甲子園城で火葬が行われたのは数えるほどしかない、燃料不足を理由に全て土葬になった。
あらゆる物が製造されていないので、人が住んでいない家々から物資を調達してきた。許可なく持ちだすのだから泥棒行為になるが、それを咎める人も機関もない。その代わりに、家に放置されていた遺体の埋葬だけは丁寧に行うことにした。腐乱死体もあれば、白骨に近い遺体もあった。それらの遺体を城の住人は誠意をもって埋葬してきた。環境衛生の面からも、その方がよかったので、死体埋葬という仕事は普通の作業として受け入れたのである。甲子園城の住人の墓もあったので、年に一回集まり、清掃と供養もやっている。ただ、甲子園城に攻撃をしかけてきた強盗団の遺体は別の場所に埋められているし、その墓標には名前もない。しかし、決してぞんざいな扱いはしてこなかった。
守備隊は守備に専念し、生産隊は農作物をはじめ食料の生産に専念する。援助隊は、それ以外の仕事を全て受け持っていた。援助隊には、医療班と工作班と管理班があり、墓標の作成も援助隊の仕事だった。ただし、大掛かりな仕事の場合は全員が協力する。そのことは甲子園城の規則として最初に決められたものであった。
「倉持さん、ですよね」
馬の世話係と名乗った男が倉持に声をかけた。
「私、細井です」
「細井さん」
「池田で近所に住んでました。児童公園の横です。憶えてませんか」
「ああ、細井さん」
「よかった」
「どうして、あんたが、ここに」
「私、誠心会で馬の世話係やったんです。それしか出来ませんでしたから」
「敵」
「はい。でも、私は武器など持ってません。馬の世話だけです」
倉持も阿久津も、康平の顔を見た。
「馬は農作業の役に立つから、殺さないでくれ、と言っています。どうなんです、阿久津さん」
「んんん。昔は、牛や馬で耕していたと聞いたことがありますが、使えるのかどうかわかりませんな」
倉持は、細井という男に一歩近づいた。
「あんたは、やってたのか、農業」
「いえ。誠心会は自分で農業をする気はありませんでした。農業経験のある人がいなかったんです。私も経験はありませんでしたが、嫁が農家の出身でしたから、何とかなると思って、何度も言ったんですけど、やらせてはもらえませんでした。でも、できます。古い物置がある農家か、牛舎の残っているような古い農家なら、まだ道具はあるそうです。子供の頃に見たことがあると言ってましたから」
「でも、馬の餌はどうするんです。人間でもまともには食えていない」
「それは、私が調達します」
「どこにあるの」
「昔いた、厩舎に大きな倉庫があって、今までもそこから運んでいました」
「いつまでも、あるわけじゃないでしょう」
「勿論、私も餌を作ります」
「馬は、病気なんて、しないのか」
「いえ。します」
「ここには、獣医はいないけど」
「その時は、諦めます」
倉持が康平と阿久津の方を向いた。
「うちで、預かってみましょうか。兵頭さんの許可があれば」
「阿久津さんは、どう思いますか」
「倉持さんと兵頭さんの判断に任せます」
「あの」
「何です」
「もし、認めてもらえるなら、家族を連れてきたいんですが、あと仔馬も二頭います」
「家族」
「はい。嫁と息子二人の四人で馬の世話をしてたんです」
「ちょっと、待った。この件は自分が決めてもいいですか」
康平は阿久津と倉持の同意を求めた。今は目の前にある死体の始末が先だった。
「任せますよ」
「はい。では、墓の方の手配をお願いします」
「わかった」
阿久津と倉持は急ぎ足で城に戻っていった。
「内村さん。生産隊の警護をしなければなりません。守備隊を集めてください。できれば予備隊の人で動ける人も」
「了解。この男は」
「自分が引き受けます」
「了解」
内村も急ぎ足で城へ向かった。
「あの」
「もう少し、話を聞かせてもらいますが、今は時間がありません。あの看板の下で待っていてください」
「はあ」
「あの看板の下から、少しでも離れたら、殺します。いいですね」
「あの」
康平は男に銃を向けた。
「この場で、死にますか」
「いえ。待ちます」
守備隊の隊員が集まり始めた。誰の顔も暗かった。人数は25名。
「これからの行動を指示しますが、その前に、岩倉司令と本間さんが亡くなられたので、今は自分が指揮を取ります。守備隊の隊長を誰がやるかは別に決めます。いいですか」
康平は隊員の顔を、左から順に見た。異議を出す空気はなかった。
「これから、生産隊の人に墓を掘ってもらい、ここの死体と、守備隊隊員の埋葬を行います。人数が少ないので、四人一組の班を六班、臨時に編成します。一班と二班はそれぞれの墓地を警護、三班、四班、五班は運搬経路の警護、六班は手分けして伝令とします。司令部はこの場所に置き、自分と黒崎が、ここにいます。予備隊の人も来てくれると思うので、手薄だと感じた班は連絡してください。何か質問は」
「では、班分けをします。班長の立候補」
四人の隊員が手を挙げた。
「あとは、内村さんと三浦。班長は隊員を選んでください」
自然に、六つの班が編成された。
「銃弾の不足がある人は、すぐに補充をしてください。ここに戻ったら、警護に出るまで、敵の銃と弾薬の回収をしてもらいます。以上」
隊員の全員が城に戻っていった。これだけの戦いで銃弾に余裕のある隊員はいない。
「黒崎」
「ああ」
「隊員の家族に連絡してくれるか、墓も掘ってもらわなくてはならない」
「わかった」
「名簿は、倉持さんの所にある」
「ん」
守備隊の副官をしているが、康平も黒崎も若い。半数以上は康平より年上だった。別に世襲と決まっていた訳ではないが、守備隊の父親を持つ男子は守備隊になり、生産隊の子供は生産隊になっていた。例外がない訳ではなかったが、全体で数人が別の道に進んだだけだった。康平の父親も自衛隊出身の守備隊員で、父親は岩倉司令とは同期で最初から石田計画に参加していた。
鍬やスコップを持った生産隊の男達が城から出始めた。守備隊の隊員も戻ってきて、敵の武器と弾薬を回収し始めている。少し離れた場所に生産隊の列が出来て、阿久津隊長が康平の立っている場所にやってきた。
「準備ができた。始めましょうか」
「わかりました」
多くの荷車が集められ、死体を荷車に乗せる作業が始まった。墓掘りの生産隊とそれを警護する守備隊も出発している。予備隊の老人達も銃を持って参加していて、守備隊に代わって武器と弾薬の回収を始めた。
康平は父親からも岩倉からも石田計画の詳細を聞いていたし、守備隊が何をしなければいけないかも教えられていた。その目的は日本人を絶滅させないことだった。そのためには同じ日本人からも城の住人を守らなければならない。それは、非情に徹しなければ出来ないのだと何度も言われてきた。だから、岩倉から敵の全員を射殺するように命令されても違和感はなかったが、人間を殺すことになるのだから平然としているのは表面だけで、気持ちの中には重いものがあった。命令を受ける立場にある時は、命令といういい訳ができるが、自分が命令を出す立場が予想以上に大変なことがわかった。
康平が甲子園城に来たのは12歳の時だった、それから20年間に、何度も危機的状態を迎えたことは体験として知っている。大規模な外敵の襲来はこれで二度目だが、食料不足による危機は何度もあった。難民を受け入れるという人道的な意味では正しいと思われた事が、全住民の餓死に繋がることを体験で知った住民が排他的になるのは致し方がないと康平も思う。その餓死を救ったのはインフルエンザだった。栄養不足になった住民の半数が病死したことで、残された人間は生き延びた。今でも充分な食料がある訳ではない。人道的行為は、自分の生命を差し出さない限り実現できない。それが現実というもので、10人の難民を救うためには10人の住民が死ななければならないことを意味した。天候の関係で農作物の不作があれば、ほぼ一年間は耐乏生活を強いられる。食料事情はこの数年間で改善されたとはいえ、20年経った今でも解決されたとは言えない。
強盗団の死体が次々に荷車に乗せられて無言で運ばれていく。死体には慣れていると言っても、楽しい仕事でないことに変わりはない。
2時間で死体はなくなり、血に染まった広場だけが残った。どこからも銃声はなく新たな敵はいないと思われる。
康平は看板の下に座り込んでいる馬係だという細井に声をかけた。
「助けてくれるんですか」
「いえ。まだ決まっていません。もう少し、話を聞かせてください」
「話って」
「あなたは、家族を連れてきたいと言ってましたが、他の誠心会のメンバーにも家族はいたんでしょう」
「ええ」
「何人、くらい」
「はっきりと数えたことはないけど、200人、くらい」
「その人達は、米とか野菜とか、食料を作っていたんですか」
「いや、誰も農作業などやる人はいませんでしたよ。自衛隊出身とか、サラリーマンとか、中には暴力団の人間もいました。農業の経験なんてありませんから」
「では、食料は、全て、どこかから奪ってきたものを食べてた」
「そうです」
「ここに来た人間だけでも250人以上いますから、500人もの食料は大変なものです」
「ええ、ですから、あちこち、しょっちゅう集めに行きました」
「なぜ、ここに来たんです。今までは来たことがないのに」
「近くでは、集まらなくなって。甲子園には大きな村があるという話でしたから」
「でも、全員、死にました。残された京都にいる家族は、どうなるんです」
「ですから、家族を連れてきたいんです。あそこにいれば、死ぬだけです」
「でしょうね」
「は」
「残念ですが、あなたを京都に行かせることはできません。ここにも余分な食料はないんです。諦めてください」
「どういう」
「あなたには、死んでいただくしかないのです」
「馬は、馬はどうするんです」
「放します。私達では面倒みれませんし、殺し方も解体の仕方もわからない」
「そんな」
「あなたも誠心会という強盗団の一員なんでしょう。覚悟はして来た筈です」
「嫌だ」
「わかります。こんな世の中でなければ、と思います」
「俺が、帰らなくても、皆はここに来るかもしれん。女子供でも、あんたたちは殺すのか」
「残念ですが、そうなります」
「そんな」
「理不尽だと思いますか」
「そりゃあ、そうだろう」
「あなたたちが、やってきたことは、理不尽ではないんですか」
「・・・」
康平は銃を構えた。
「待ってくれ。家族を呼びにはいかない。俺一人で馬の面倒をみる。絶対に役に立つから、殺さないでくれ。頼む」
「自分一人でも、生き延びたい。じゃあ、家族は」
「諦める」
「それは、違うでしょう」
「頼む。何でもする、殺さないでくれ」
康平は引き金を絞った。せめて即死できるようにと狙いは頭にした。
銃声を聞いて、待機している予備隊の人間が銃を構えて康平の方を見た。
荷車が一台戻って来た。
「この死体も、お願いします」

作業は夕方までかかった。
疲れた顔の生産隊の人達も城に引き揚げた。
守備隊の隊員は城の外で、簡単な食事をとった。
「皆さん。食べながら聞いてください」
「これからの任務を説明します。1班から3班までは、交代で入口の警護に当たります。4班から6班は墓地の警護をします。犠牲者の家族の方がいる間は、続けます。全員が引き上げたら、入口の警護に合流してください」
「葬儀は」
隊員の一人が質問した。
「これから、やるつもりです。向井さんにお願いにいきます」
向井達郎は、甲子園城の中で一人だけお経を知っている老人だが、体調が悪いと聞いているので、本人に確かめてみなくてはならなかった。
「黒崎。食べ終わったら、向井さんに聞いてきてくれないか」
「わかった」
黒崎が食べ終わって立ち上がった時に、阿久津がやってきた。
「葬儀は、どうする」
「向井さんに、聞きに行こうと思っています」
「そうか。向井さんはやると言っている」
「そうですか」
「生産隊の皆も、参列したいと言っている。あんたたちが守ってくれた訳だから、当然のことだけど、もう、危険はないんだろう」
「まだ、わかりません」
「そうか。順繰りに出ていっても駄目か」
「わかりました。墓地までの経路に警備を配置します」
「すまんな。疲れているのに」
「ただし、守備隊の指示には従ってください」
「わかった」
「向井さん、大丈夫でしょうか」
「向井さんの希望だから」
「はい。準備ができたら迎えに行きます」
「ああ」
「阿久津さん」
「・・・」
「ありがとうございます」
「なんの。礼を言うのは、わしらや」
康平は阿久津の背中に礼をした。生産隊の人達が作る食料が全ての基本になっている。生産隊を守備隊が守れなければ、守備隊も滅びるしかない。でも、生産隊は守備隊に敬意を払ってくれている。それは、有難かった。
「任務の変更です。4班から6班は城と墓地の間の道路を警備します。墓地には自分と黒崎、それと予備隊の方に手伝ってもらいます」

葬儀が始まった。一カ所だけ援助隊が用意してくれた薪が燃えている。灯りはそれしかない。真新しい墓の全てに光は届かないが、灯りのためだけに薪を焚くことなど初めてだった。向井達郎の低い読経の声と薪が燃える音だけが墓地の音だった。五十人ほどの人の群れが墓地にやってきた。両手を合わせ、深々と頭を下げている。目には見えないが、鎮魂の気持ちは墓の中で眠る犠牲者に届いていると康平は信じた。なかには遺族の所に行き、声をかけてくれている人もいる。
深夜まで、人の群れは続いた。向井達郎の読経の声も途切れなかった。最後に、向井達郎は生産隊の若者に背負われて城に戻って行った。予備隊の老人達に促されて、遺族も城へ向かった。康平は岩倉隊長の墓に近づいた。そこには、舞子の座り込んでいる姿があった。
「舞」
「お兄ちゃん」
「済まない。隊長は俺達を援護するために来て、犠牲になった」
「うんん。お兄ちゃんのせいじゃないよ」
「大丈夫か」
「守備隊の娘だから、覚悟は、いつでも、できてる」
「舞」
「でも、ほんとは、いやだ。父さんに生きていて欲しい」
「すまん」
舞子は盛り上がった土をさすっていた。
一人っ子だった舞子は、康平の妹のようにして育った。正式に守備隊員になった康平は、訓練に明け暮れて時間がなくなり、舞子と話をする時間もなかったが、気持ちは繋がっていると思うことにしていた。康平の父親も、岩倉司令も康平を将来の隊長に育てようとしていたようで、誰よりも厳しい訓練をさせられた。康平もそれに応えようと、全力をぶつけた。石田計画は10年20年で出来るものではない、100年200年の結果が求められている。そのためには、世代交代が重要な課題になっていたのだ。
「舞。今日からは、俺が舞を守る。多分、忙しいと思うけど、必ずお前を守るから」
「うん」

一か月が過ぎ、岩倉舞子は兵頭舞子になったが、監視塔で監視任務についている。冬らしい季節になり、楽な仕事ではなかったが、他に生きる道がないこともわかっていた。
兵頭康平は正式に守備隊の隊長になり、激減した隊員の補充に苦労していた。
舞子は深夜の2時過ぎに任務を終えて部屋に戻った。先に戻っていた康平が火を起こし、お湯を作ってくれていた。深夜まで仕事をする守備隊は、部屋も薪も恵まれている。部屋に戻って飲む一杯のお湯は、この城の中では贅沢品でもあった。一杯のお湯は体を温めてくれるだけではなく、気持ちも温めてくれた。
「どうしたの。元気ないみたい」
「いや」
「大変みたいね」
「ん」
「愚痴をこぼせば、少しは楽になるわよ」
康平は力のない笑みを返してきた。
甲子園城には決められた様式の婚姻届はないが、管理班にある登録簿が書き換えられた時が結婚した日になる。それは、食料を含めあらゆる物資が配給制になっていて、公平を保つためにも必要な帳簿だった。登録簿が書き換えられると、各隊の長から班長に伝えられ、班長から隊員に伝わる。死亡も出産も結婚も、住人の全ての人が口頭で知ることになる。本来であれば出産や結婚は祝うべきことだが、祝い事をするほど食料に余力はない。淡々とした日常が続くだけであった。
甲子園城では晩婚が多い。長期的に見れば、結婚と出産は奨励すべきことだとわかっていたが、短期的にみると人口の増加は城の存続に影響するという心配があり、自然に抑制する気持ちになったようだ。恋愛はどんな障害も克服すると思っていたのは昔のことで、恋愛であっても食料という障害は越えられない事を証明したのだ。それは、何度も餓死という恐怖の前に立たされた人間の知恵だったのかもしれない。
康平の気苦労は、守備隊の増員が進まないところにあることはわかっている。誠心会との戦いで守備隊の半数以上が死亡し、守備隊の任務に復帰できたのは35名だった。生産隊や援助隊の若者を勧誘しても、家族の了解がとれない。自分の息子を死に追いやりたいと思う親がいないのは当然のことだった。
舞子は、康平の背中を抱きしめた。守備隊増員の手助けはできないが、せめて康平の苦労を労ってやりたかった。
その時、突然ドンと突き上げるような衝撃を受け、すぐに大きな横揺れが始まった。
「地震」
いつの間にか、舞子は康平の腕に抱かれて康平の体の下にいた。何もないように思っていた部屋の中を物が飛び交い、公平の背中に落ちているのが康平の動きでわかった。
随分長かったようだが、揺れがおさまった。
「大丈夫か」
「うん」
「お兄ちゃんは」
「俺は、大丈夫。本部に行く」
「うん」
結婚しても、お兄ちゃんという呼び方は変わらなかった。それが一番康平に相応しいようにも思えた。部屋には物が散乱していた。
康平が部屋を出ていった。叫び声やざわめきが聞こえてきた。舞子は、念のために薪に水をかけて部屋を出た。あれだけの揺れだったのだから、怪我人がいるものと思わなければならない。

甲子園城の真ん中に、移設した建物がある。かつて野球場だった頃の二塁ベースの外野寄りになる。本部には当直の三浦がいて、二人は建物の外で隊員が来るのを待ったが、誰も来ない。指示を待つまでもなく、自分が受け持っている区域の被害調査を始めているのだろう。
「俺も、行っていいですか」
三浦もそのことに気付いて駈け出して行った。
阿久津と倉持がやって来た。二人とも、無言で康平の横に並んだ。月明かりしかない場所だったが、表情の暗さは見えた。
被害報告の隊員がやって来始めた。康平達三人は建物の中に入って報告を聞き、管理班の人間がそれを大きな紙に書き取っていった。
ほぼ全ての被害状況が判明したのは、地震発生後30分だった。怪我人が28名、大きく破損した個所は2カ所だった。
「兵頭さんは知らんだろうが、35年前に東北地方で大地震があった」
「はい」
「あの時は、地震の被害よりも津波の被害の方が大きかった」
「ここまで、津波が来ますか」
「わからん。随分昔の記憶だが、東海、東南海、南海地震が連動すると言われていたことがある。その時のハザードマップによれば、最悪の場合、ここも被害に遭うかもしれん」
「そうですか」
「地震の規模も、発生した場所もわからんから、津波が来るとしてもいつになるかはわからない。念のために避難しておくべきかもしれん」
「わかりました。そうしましょう」
「倉持さん。物品ごとに避難場所を決めてくれんか」
康平は建物を出た。守備隊は集まっていた。
「津波が来る可能性がある。あらゆる物資をできるだけ高い場所に避難する。その避難場所は管理班が作成しているので、それを頭に入れて避難誘導をしてもらう。三浦」
「はい」
「今日の当直は監視塔で行う。津波の監視をしてくれ」
「はい」
三浦は緊張した表情で駈け出して行った。
「守備隊の指揮所は監視塔の下におきます。銃は必要ありませんが、警戒レベルは3にしますので、伝令は配置についてください」
守備隊は班ごとに、守備範囲が細かく決められている。どこからどこへ、何が動かされるのかがわかれば、行動できる訓練はしてあった。
生産隊の人間も、援助隊の人間も集まって来た。
台が持ちだされて、阿久津がその台に上がって津波対策を説明した。それを聞いた責任者が順番に本部建物の中に入って避難図を見て散って行った。
康平は守備隊の指揮所を監視塔に置くことを阿久津に伝えて、黒崎と一緒に監視塔へ向かった。
「津波って、どうなんだ」
「わからん」
かつての日本社会は、あらゆる分野で電力に依存していたために、電力の喪失は人々の生活を根底から変えてしまった。情報の分野でも同じ変化を余儀なくされ、日本人は情報の全てを失ったと言える。康平達の年代の人間にとって、子供の頃に見たテレビは過去の記憶であり、現実との開きが大きすぎて記憶自体が偽物ではないかと思うこともある。勿論、インターネットなどはその言葉すら憶えていなかった。そもそも、電力のない世界など全く想定されていなかったことが、現実をさらに悲惨なものにしてしまった。
康平は監視塔の最上階に昇った。
「どうだ」
「何も見えません」
三浦は双眼鏡に眼を当てたまま答えた。
「監視班の皆は、各自の家に戻って避難活動に参加して下さい」
「はい」
四人の女子監視班が監視塔を降りていった。
「黒崎。伝声管に張り付いていてくれ。俺は、ここで指揮する」
「わかった」
康平は暗闇の中を見た。水が押し寄せてきても見えるのかどうか心配だった。
「隊長」
「ん」
「ここは、大丈夫でしょうか」
「わからんな。俺だって津波は初めてだ」
「じいちゃんが言ってましたが、いっぱい家が流されたそうです。津波の跡は野っ原になったそうです。じいちゃんは、昔、気仙沼という所にいて、津波から必死で逃げたと言ってました」
「らしいな」
東北の大津波の話は大人達の想い出話として聞いたことがあるが、実感もなければ想像もできなかった。
監視塔が大きく揺れた。
「余震、ですね」
「ん」
監視塔は、野球場のスコアボードになっていた場所なので、鉄骨に外壁が張り付けてあるだけの簡単な作りになっているので、揺れは大きく感じるかもしれない。
「最初の揺れだと、ここは、凄かったでしょうね」
「ああ」
「監視班の女子は、よく我慢しましたね」
「ああ」
三浦は、よく喋った。多分、強い恐怖心のためだろう。康平も怖かった。得体のしれない敵を待っているのだから、怖くて当たり前だと自分に言い聞かせた。
「どうだ」
阿久津が監視塔に昇って来た。
「まだ、何も見えません」
「そうか」
「本部の方は、いいんですか」
「倉持さんにお願いして来た。じっとしておれんよ」
「はあ」
「何も情報がないというのは、辛いな」
「はい」
「あの時は、2万人もの人が亡くなった。海まで持っていかれて遺体がない仏が何千人もいてな」
「はい」
「ひどいものだった」
「この城は大丈夫でしょうか」
「そう、あって欲しい。あの時も鉄筋のビルは水に持って行かれなかったが、壊れたビルがあったのかどうかは、わからん」
「そうですか」
地震発生から一時間半が経過した。津波が発生したとして、その到達がいつになるのか誰にもわからない。城の中では人声だけではなく鶏の鳴き声や様々な音がしていて、騒然とした空気が監視塔まで届いているが、城の外は不気味に静まり返っていた。
「隊長」
三浦の緊張した声がした。
何かが動いている。そう見えるだけかもしれないが、康平にも何かが見えていた。
「黒崎。退避」
黒崎が伝令管に向かって退避と叫んでいる声が聞こえた。
「三浦。鐘を鳴らせ」
「はい」
監視塔には緊急事態を知らせる鉄板がぶら下がっている。鉄の金槌で叩くとよく響く。江戸時代に火事を知らせる半鐘があったようだが、まだ甲子園城には鉄を鋳造する技術がないので、それと同じ役目を鉄板がやっていた。
暗闇の中をゆっくりと水が這い上がってくるように見え始めた。勿論、それが水なのかどうかは判別できない。妖怪だと思えば妖怪にも見える。
海岸線には防波堤があった筈だが、開口部もあったという記憶がある。どこから侵入して来たのかは暗闇の中では判別できないが、得体のしれないものが広がっていくのは見える。監視塔の上は無言だった。
じりじりとした時間が過ぎていった。
「止まったみたいです」
三浦の声に阿久津が大きな溜息を吐いた。康平にも周囲の空気が和らいだように感じられた。これで終われば、地震の被害だけで済む。決して小さな被害ではなかったが、安堵感が阿久津の溜息になったのだろう。
それでも、監視塔の三人は双眼鏡を下げようとはしなかった。
また、じりじりとした時間が過ぎる。夜が明けたわけではないが、東の空が少し明るくなったような気がした。それは、危険が去ったという気持ちが持ち込んだ錯覚かもしれないが、暗闇の恐怖と津波の恐怖が合体して欲しくはない。
「もう、大丈夫でしょうか」
双眼鏡を下ろして、康平は阿久津の顔を見た。
「わからんな」
康平の体が震えた。その時、初めて寒さを感じた。監視塔の上に立つ服装でないことに気がついた。
「寒いですね。阿久津さん、大丈夫ですか」
「ん」
自分がどんな顔をしているのかはわからないが、阿久津の顔は寒さに固まっているように見えた。
「自分達が監視してますので、何か着る物を持ってきてはどうですか」
「いや。もう少し、続ける」
「そうですか」
三人は双眼鏡を目に当てた。
監視塔にいる人間だけではなく、城の住民全員が息を呑んでいるような静寂が支配する中で東の空が明るくなってきた。それは、錯覚ではなかった。はっきりと水面も見える。
「水が引きます」
「なに」
双眼鏡を下ろしていた阿久津が、慌てて双眼鏡を目に当てた。
何かに吸い取られるように水が引いていくのが監視する三人にも確認できた。
「来るぞ」
音というより圧力のようなものを感じた後に、不気味な塊が持ち上がって来た。そして、塊のまま康平達の方へ押し出されてくる。それは、水には見えなかった。金縛りに会ったように体が動かない。声も出ない。
塊に何かが押しつぶされたのか、金属音が響いた。
「三浦。鐘を」
康平は絶叫していた。
「津波がくるぞ。黒崎。知らせろ」
「津波が来るぞ、津波が来るぞ」
黒崎が伝声管に向かって叫び続けている。
「ぶつかるぞう」
塊は甲子園城の外壁にぶつかって、跳ね上がり、上空から水になって監視塔を呑みこんだ。
監視塔の三人は水になぎ倒されるように監視塔内部の壁に叩きつけられた。康平はとっさに阿久津の体を抱きとめ、吹き飛ばされて右肩に衝撃を受けた。息苦しさはすぐにとれた。
康平は立ち上がって、南側の開口部によろめくようにして辿りついた。右手が動かない。開口部から下を見ると、二階の窓ガラスの下まで一面の水だった。水位は急速に上がってきている。周囲は見渡す限り黒い水の世界になっていた。
窓ガラスが砕ける音がした。このまま水位が上がれば、三階に避難した住民は呑みこまれてしまう。
「黒崎。大丈夫か」
「大丈夫だ」
「できるだけ高い場所に避難させろ」
「わかった」
三浦と阿久津が横に来た。
「もう一度、鐘を」
「はい」
「阿久津さん。大丈夫ですか」
「終わったな」
「えっ」
阿久津の声はうつろに聞こえた。
「まだ、大丈夫ですよ」
「いや、もう終わりだ」
日頃の阿久津は弱音を吐くような男ではない。康平は阿久津の顔を見た。全身水浸しだが、阿久津の目からは涙が出ていた。その場に座り込んだ阿久津の背中が泣いている。
康平は、また水面に目を凝らした。二階の窓の上あたりから水位は上昇していない。これなら、助かるかもしれない。ただ、何もできることはなかった。

津波の襲来から一日が過ぎた。甲子園城は崩壊を免れ、人的被害は数人の怪我だけで済み、物資の被害も大きくなかった。周囲にはまだ水が残っていたが、それは静かに存在しているだけで荒々しさはない。そうは言っても、周囲の景色は一変した。田畑の痕跡はなくなり、小さなビルは水に持って行かれ、荒涼とした空き地だけが残った。
康平の右肩の怪我も骨には異常がなく、打撲と内出血の治療を受け、痛みは残っているが我慢できる範囲にあった。康平は阿久津を捜していた。監視塔で「終わった」と言った阿久津の言葉が耳から離れない。米の収穫は終わっていたし、鶏の避難もできた。野菜に被害は出たが、野菜の備蓄もある筈である。それなのに、なぜ、阿久津は「終わった」と言ったのだろう。あの言い方には、全てが終わったような響きがあった。
阿久津は居住区の狭い部屋で寝ていた。
「阿久津さん」
「ああ、兵頭さん。あんたには助けてもらった」
「具合はどうですか」
「歳ですからね」
「そんなこと、言わないでくださいよ」
「こればっかりは、歳とってみないとわからない。説明のしようがないんですよ」
確かに阿久津の顔色は悪い。それまでは、阿久津に老人の衰えを感じたことはなかったが、横になっている阿久津は老人だった。
「阿久津さん。監視塔で、終わったと言いましたよね」
「ああ」
「あれ、どういう意味なんですか」
「文字通りの、意味だよ」
「でも、なんとか、持ちこたえましたよ」
「ん。確かに。でも、ここは、もう終わりです」
「どうして、ですか」
「あの水は、どこから」
「どこって」
「海から、ですよね。つまり、海水ですから、塩水です。海水に浸かった土地では作物はできないんですよ」
「・・・」
「百姓にとっては、土は何よりも大事な、時には家族よりも大事なものです。毎日毎日、何年も、いや、先祖から土を育ててきたのが百姓です。その土が、一瞬で死んでしまったんです。元に戻すには、何年もかかります。我々には、そんな時間ありません。来年、収穫がなければ、ここにいる大半の人が餓死することになりますよね」
阿久津は疲れたような溜息を吐いた。康平は、言葉が出ずに阿久津の顔を見詰めた。
沈黙が流れた。
「どうすれば」
「土地を捨てるしか、ないでしょう」
「捨てる」
「移住するしか、ないんです。この土地を捨てて。でも、私には、もう、その元気がありませんし、この土地を離れたくない。長生きしすぎました」
「待ってください。他の方も、このことを知っているんですか」
「百姓なら、知っています」
「阿久津さん」
「夏目君を捜してきてもらえませんか」
「俊介、ですか」
「お願いします」
夏目俊介は、康平と同じ年代の生産隊副官をしている男で、子供の頃からの友達だった。守備隊に勧誘したいぐらいの体格をしていて、寡黙だが気持ちの暖かい男だった。
捜しまわって、やっと鶏小屋にいる夏目俊介を見つけた。
「俊介」
「おう」
「阿久津さんが、呼んでる」
「ん。どうした」
「ともかく、来てくれ」
「ん」
途中で援助隊の倉持に会った。
「倉持さんも、来ていただけませんか」
「どうしました」
「阿久津さんが、寝込んでしまいました」
「そりゃあ、いかん」
阿久津の部屋に行くと、布団を畳んだ阿久津が座っていた。
「起きて、大丈夫ですか」
「大事ない。倉持さんも来てくれましたか」
「どうしました」
「なに、ただの年寄り病ですよ」
「実は、津波の件で、ここでは、もう作物は育たないと、阿久津さんに言われました」
「夏目君」
「はい」
「塩害の話は聞いたか」
「はい」
「私には、もう、力が残っていない。この土地を守っていくだけなら、年寄りでもできるが、新しい土地を育てるのは無理だ」
「どういうことです」
倉持には話が見えていなかった。
「塩害で、数年間、ここでは収穫ができないそうです。阿久津さんは、ここを捨てて、移住するしか、方法はないと言っています」
「移住」
「移住が可能かどうか、私にもわからんが、ここにいれば、食料は尽きる。だから、夏目君に来てもらった。君に皆を頼みたい」
「私ですか。こんな若造には無理ですよ」
「そうじゃない。これから必要とされるのは経験でも知識でもない。力だよ、夏目君。わしらの時代はこの津波で終わった。ここで、躊躇すれば、この城にいる人達は、残らず死ぬと思う。それを突き破ってくれるのは若さしかない」
「でも」
「新しい土地を探して、住む場所を確保し、住民を移住させ、物資を運ぶ。新しい土地と言っても何年も放置されていた土地だろう。その土を育て、収穫できるようにするには、力で押しまくらなければできない。年寄りにできる仕事じゃないんだよ。来年、収穫がなければ、誰も生き残れない」
「・・・」
「倉持さん。私は間違ってるのかな」
「いえ」
「兵頭さんは、どう思う」
「やるしか、ない、と思います」
「そう。やるしかない。それができるのは、夏目君、君だけなんだよ」
俊介は眼を閉じてしまった。突然、千数百人の生命を預けると言われても、はい、そうですかと引き受ける人はいないだろう。逆に、簡単に引き受けるようでは、その人選が間違っていることになる。直感的には時間が残されているとは思えない。しかし、俊介に覚悟が出来るまでの時間は惜しんではならないと康平は思った。阿久津に言われてみて、住民の未来を託せる男は俊介以外にいないと思えてきた。
「阿久津さん」
「ん」
「体調が悪い時に、申し訳ないと思うんですが、幹部総会を開いて、このことを、つまり収穫ができないことを、皆に知ってもらうべきだと思いますが、いけませんか」
「ん」
「倉持さんは、どう思いますか」
「やるべきかもしれませんね。我々年寄りは、できれば穏便に事を進めたいと思う。しかしねえ、今回は、阿久津さんも言いましたが、年寄りは足を引っ張りかねない。これは、時間との戦いになると思う。私は兵頭さんの意見に従いますよ」
意図した訳ではないが、各隊の隊長が揃って話し合っているので、事実上の幹部会になっている。三人が合意すれば、幹部総会を開くことになる。
「わかった」
管理班の人間が走りまわって班長クラスの人間を一階の広場に集めた。広場はまだ泥水に埋まっていたが、長靴にはき替えた人達が集まって来た。いつもは床に座って討議される幹部総会だったが、今回は立ったままの会議になった。
台に上った阿久津が静かな声で塩害について話をした。生産隊の大半は知っていたようだったが、守備隊や援助隊の人間は息を呑んだ。甲子園城の住民にとって、食料の問題は飛びぬけて大きな問題であり、それ以外の問題は付随的な問題に過ぎない。集まっている人間の中に、ひもじさを知らない人は一人としていないだろう。
「残念だが、選択肢は一つしかない」
阿久津は、真剣な目つきの班長達の顔を見た。
「この土地を捨てて、新しい土地に移り、その土地を育て、収穫まで辿りつかねばならない。百姓なら、それが簡単なことでないことをよく知っている。それでも、他に道はない」
「私は、ここで20年間、ここの土地と生きてきた。勝手知った土地だったが、それほど簡単なことではなかった。毎年、毎年、今度は駄目かと思いながら、やってきた。この先のことを考えると、私はここで、この土地とともに朽ちてもいいとさえ思う。私が一人なら、きっと、そうする。選択肢は一つしかないと言ったが、生き残るという条件の場合であり、死ぬことも受け入れれば、ここに残る選択肢もある」
「これまでも、決して楽ではなかったが、この先には、はるかに大きな苦しみがある。それを受け止めると決めるのは、住民の総意しかない。皆とよく話し合って、決めてもらいたいと思う」
阿久津が台を降りた。
城の運営は合議制で行われてきたが、この十年間のリーダーは阿久津が勤めてきたと言っても過言ではない。だから、阿久津の言葉には重みがあった。
倉持が台に上がった。
「もう一つ、伝えておかなければならないことがあります」
「先ほど、わかったことですが、墓地は全て流されていて、何も残っていません。遺骨も見つけることができなかったと報告を受けました」
「明日、もう一度、ここで幹部総会を開きます。以上です」
打ちひしがれた人達が、重い足取りで広場を後にする。康平は阿久津に寄り添って、部屋に連れていった。

翌日、住民の総意として移住が決まった。生産隊の隊長を夏目俊介が引き継ぎ、援助隊の隊長には工作班長をしていた浅井智也がなった。同年代の三人がそれぞれの隊の責任者になり、甲子園城は新しい一歩を踏み出した。しかし、三人の隊長に自信があった訳ではない。不安しかなかった。阿久津が言っていたが、三人にあるのは若さだけだった。
「どうすれば、いい」
「わからん。わからん時は、動くしかない」
「何から、やればいい」
「先ず、移住先を見つけることじゃないのかな」
「移住先か」
「俺達は、ここしか知らない。無茶でも歩いてみるしかないだろ」
「だな」
「方向を決めてみないか。北か南か西か東か」
「地図を持ってこよう」
智也が地図を取りに行った。
「俊介。よく引き受けたな」
「仕方がないだろ」
「はっきり、言っとくが、お前が頼りだからな」
「馬鹿言え。俺が100なら、康平も100で、智也も100だ。三つに割って一人33でない事だけは確かだけど」
「ああ」
智也が持ってきた地図を机の上に広げて、三人は見つめた。
「先ず、南はない」
「ん」
「北、だな」
「ん」
「どこまで、津波の水が行ったのか、わかるのかな」
「行けば、わかるだろ」
「じゃあ、とりあえず、ここ、宝塚だな」
「ん。そんな見当だろ」
「何人で行く」
「各隊から二人。六人でどうだ」
「ああ」
「時間は」
「時間って」
「何日必要か、だ」
「んんん。1週間」
「往復でか」
「いや、往復なら2週間。多分、やり直しをする時間はない」
「出発は」
「明日、だな」
「ん」
「わかった」
無鉄砲としか言いようのない計画だが、それが精一杯であった。
「ところで、せめて二人には拳銃を携行してもらいたい」
「触ったこともないのにか」
「守備隊は小銃を持っていくし、守るつもりだが、万が一の場合だ。六人全員が帰ってこなければ、残った人は途方に暮れるだろう。それだけ、次の行動が遅れるとは思わないか」
「ん」
「今日中に訓練してもらいたい」
「わかった。そうする」
二週間分の食料と水、炊飯器具、薬、雨天用の合羽、寝袋。それだけではなく、康平と三浦は小銃と予備のカートリッジを持たねばならない。決して楽な荷物ではないが、若さだけで跳ね返すしかない。早朝、六時に甲子園城を出発した。

一行は、直ぐに道を塞がれることになった。上に高速道路が通る広い幹線道路は、津波に流されてきた木造家屋や車や色々な残骸で埋まっていた。津波が引いていく時に家屋や車が流されていくのは見たが、それがほんの一部に過ぎなかった事を知って驚いた。それらの残骸を通り抜けてみると、周囲の景色は一変した。コンクリートの建物の残骸はあるが、密集していた建物はなく、甲子園口まで見渡すことが出来る。広いと思っていた道路には瓦礫が残っていた。六人は足を止めて、その光景に目を奪われた。
瓦礫を迂回しながら進む道程は、前進の速度を遅くするだけではなく、精神的にも負担が大きくなった。足元を確認することが多く、誰もが下を向いて歩いていたことも気持ちを暗くする。当面の目的地である宝塚に辿りつけるかどうかもわからない。瓦礫の中を彷徨い歩いただけで城に戻ることになれば、そのことだけで城に残された住民の希望は引き裂かれるだろう。六人は背中の重い荷物以上の重さを感じながら無言で歩を進めた。
電車の線路と交差する高架橋の頂上に辿りついた一行の目に見えた物は、一面に瓦礫と化した市街地の廃墟だった。康平には、その街の昔の記憶がなかったが、調査隊に参加してくれている生産隊の加藤と援助隊の佐々木の表情は固まっていた。加藤と佐々木は40代だから、以前の街を知っていたのだ。休憩をするつもりはなかったが、全員がその場に座り込んだ。
「嘘だろ」
この光景を見てみると、甲子園城は津波被害の最前線にあったようだ。城が崩壊を免れたことは、ただの幸運だったのかもしれない。でも、それは、まだ甲子園城の住人にはチャンスが残されているということではないかと康平は考えた。
「行きましょう。何が何でも」
「ああ」
直ぐに俊介が立ちあがった。
六人は、瓦礫と泥に覆われた道なき道を進んだ。時々、方向感覚がなくなり、康平は磁石を取り出して調整しなければならなかった。六人は昼食を諦めて歩き続けた。休憩に適した場所がなかっただけではなく、焦りがあったのかもしれない。加藤と佐々木が遅れ始め、康平は少し進路をずらして大きなビルに向かった。野宿する場所を確保しなければ、一日目で挫折してしまうかもしれない。
やっと、ビルの四階に昇って瓦礫と泥から解放された。
食事を終えると、話をする間もなく康平以外の者は眠りに入った。一日中、人間には出会わなかったが、康平と三浦は3時間交代で見張りに立つことにしていた。座っていると寝入ってしまいそうだったので、康平は廊下を歩き続けた。
丸二日かかって瓦礫の海は脱出できた。そこでも景色は一変したが、よく見れば過酷な世界とも言える。遠くから見ると、草原の中に建物があるのではないかと思うほど雑草が生い茂っていて、道路の割れ目からも草は伸びていた。人の姿はなく、音もない。
六人は歩き続けた。探していたのは、崩壊前に農地として作物を作っていた場所だった。住宅の間に小さな農地らしき草むらはあったが、千人以上の食料を収穫するにはそれなりの土地が必要であり、水路もしっかりとしたものが欲しいと俊介が言っていた。農作物から食料を得る農民にとって、土地と生活は切り離せないし、簡単に移住など出来る筈もなかったので、今回の土地探しは真剣だった。
もう、宝塚まで来ていると思われるが、立ち止まるほどの土地には出会えなかった。もし、生き永らえている人がいるとすれば、田畑から食料を得ること以外には考えられない。農地かただの空き地かは判別できないが、一面に雑草が伸びている。人の手が加えられているような痕跡は見当たらなかった。
三日目には、橋を渡り、山に向かって歩いた。家屋が少なくなり、草原に近い景色を進む。
生産隊の加藤が、何かの臭いを嗅ぐような動作をした。
「田舎の臭いがする」
そう言われてみると、街中の臭いとは少し違う気がする。風で雑草が揺れる音がする。
俊介と加藤が立ち止まり、雑草の中に分け入り、土を触っては話すことが多くなった。
「農地か」
「ああ、間違いない」
持ってきた地図には、康平達が立っている道路が載っていないので、地図が古いのか、道路が新しいかわからない。農道ではなく、幹線道路のようなしっかりとした道路で、その両側に田畑がある。元々は田園だった場所に無理矢理道路を通したとしか思えない。
しばらく進むと小さな橋がかかっていた。川とは呼べないほどの小さな川だったが、水は流れていた。
生産隊の二人が川に沿って進み始めたので、三浦に援助隊の二人を警護するように言って、康平は生産隊の二人を追った。それは、農業用水路のようだ。一時間ほど歩きまわって、元の道路に出た。遠くに三浦達三人の姿が見える。生産隊の二人の手は土で汚れていた。
「この水路の元を見に行く。時間がかかるかもしれないので今度は全員で行った方がいい」
合流した俊介は、自然とリーダーになっていた。
小川の畦道を上流に向かった。しばしば道が途切れたが、迂回して上流を目指す。次第に雑木林の中を進む形になったが、なんとか小川を見失うことなく前進した。少し開けた場所で昼食を取った。
「どこまで、行けばいいのかな」
「もう少し、行ってみたい」
俊介は水源を確認したいようだ。このままだと街中には戻れそうにない。康平は、野営地のことが気になり始めていた。この三日間は天候に恵まれている。テントを持ってきていないので、文字通りの野宿になりそうだったが、それでも安全は確保したい。
小川を見失いたくないので、どうしてもじぐざぐに進むことになり距離はかせげないし、山登りをしているようなものだから疲労も溜まる。三時を過ぎる頃から六人のペースは落ちてきた。岩場に出た。
「俊介」
康平は先頭を歩く俊介に声をかけた。
「ここで、野宿にしないか。林の中で日が暮れると面倒になる」
「そうだな」
六人はその場に荷物を下ろして座り込んだ。
「あの上に登って、見てくる」
俊介は大きな岩を指差した。
「わかった。俺も行く」
康平は小銃だけを手にして、俊介の後を追った。
「おう」
「どうした」
頂上に辿りついた康平に俊介が指差した。そこには大きな池があった。
「あれなら、水源に問題はないな」
「ああ。明日はあの池まで行く」
岩の上からの景色は緑の木々と茶色になった雑草が生い茂る草原だった。
「あれは、道じゃないか」
「ああ」
康平達が歩いてきた小川の北側ではなく反対側に明らかに人間が作ったと思われる道が雑草に埋もれて続いていた。小川の南側を歩けば、何時間も早く池に辿りついていただろう。帰路は時間が節約できそうだった。
「あれは何だろう」
周囲を見回した康平の目に大きな建物が見えた。
「ん。でかいな」
「しかも、立派な塀がある。方向はあの道の先だな」
康平達が歩いてきた宝塚の市街地から伸びている道路も見える。
「ここは、いけるぞ」
「そうだな」
翌日、元の道路の橋まで戻った。
少し登り勾配になっている道路を先に進むと、高い塀が姿を見せた。
「何だろう」
「刑務所じゃないか」
年配の佐々木が答えた。
「刑務所って、何です」
しんがりを歩いている三浦が質問する。
「犯罪者を閉じ込めておく所だよ」
「犯罪者」
三浦は甲子園城で生まれた若者だから、昔の世界のことは知らない。甲子園城でも学校はあり、勉強はしているが刑務所のことまでは教えていない。康平も言葉は知っているが、実際に見たことはなかった。
建物の正面までやってきた。近畿刑務所という看板がある。大きな門は開放されていて、奥の建物が見えた。
人の気配はないが、康平は俊介だけを連れて中に入った。小銃の安全装置を外し、初弾を送り込み、いつでも発砲できる用意をした。俊介も拳銃を手にして、少し緊張している。
建物は、あらゆる戸が開け放されていて、風が吹き抜けている。どの部屋にも人骨がないということは、犯罪者も刑務官もこの建物を捨てたと考えた方がいいだろう。
全ての部屋を確認し、監視塔にも登った。どの部屋も整然としていて、荒らされたような形跡もない。建物はまだ新しく、日本崩壊の直前に建てられたのではないかと思われた。市街地からの道路も新しかった。田園地帯の真ん中に通っていた道路は、この刑務所のために作られたものではないかと思われた。
全体の敷地面積は広く、高い塀と建物の間には空き地と思われる空間が広がっている。雑草に占拠されているが、手を入れれば使い道はいくらでもありそうだ。
六人は入口にある庇の下で昼食をとった。
「畳みは腐っていたけど、それ以外はきれいなもんだ。ガラスも割れていない。明日からでも住める。土地もあり、建物もあった。あと、必要なものは何だろう」
「水」
「そうか。人間の水だ」
崩壊後の新世界では、かつて自動的に供給されていた電気と水と燃料がない。電気は作れないが、水と燃料は確保しなければ生きてはいけない。薬品や道具、塩や砂糖も無人になった住宅から集めて使ってきた。それもいつかは限界がくるかもしれないが、当面は食料を自分達の手で作り出すことだった。崩壊から20年が過ぎても、未来への展望は開けていない。今を生き抜くことでしか未来へは繋がらないのが現実だった。
食事の後、三人づつに分かれて、周辺の調査に出かけた。
集合時間を四時にしていたが、どちらの班も余裕を残して戻って来た。佐々木が湧水を見つけ、水筒に新しい水を入れて戻って来た。甲子園城では、雨水や川の水を煮沸して使っていたので、湧水を始めて飲んだ三浦は自然の水の美味しさに驚いていた。
調査隊の役目が果たせそうな場所に巡り会い、全員の顔に安堵の表情があった。
「問題は」
「えええ、まだ、何かあるんですか」
俊介の暗い顔を見て、三浦が落胆した声を出した。
「道路だ。城から物資を運ぶ道路がない。荷車が使えなければ、無理だろう」
「そうだな」
「せめて、半分の人数は、農地の整備にかからなければならない。一日でも早く収穫できるようにしないと、食料が」
「捜そう」
「・・・」
「俺達が来た道だけが、道じゃないだろう。迂回してでも、荷車が通れる道を捜すんだ」
「そうだな。泥は仕方ないとして、多少の瓦礫なら皆でどければいい」
「今までのところでは、あまり危険はなかった。帰りは二班に分かれて、違う道を帰ろう。無条件で通れる道はないとして、少しでもましな道を捜す。できれば坂道が少ない方がいい」
「そうだな」
話し合いが終わって、皆が寝袋に入った。康平は歩哨に立つべく建物を出た。
暫くすると、俊介と智也がやってきた。
「俺と智也も歩哨に立つよ」
「気にするな」
「お前と三浦は、俺達の半分しか寝ていない。それは、よくない」
「これは、俺達の仕事だ。俊介は食料を作る。智也は水路を作り、病人を治す。そして、俺達は、お前達を守る。お前達が働けなければ、俺達も生きていけない。お前が気を使うことじゃない。これは、俺の仕事なんだ」
「そうか」
「そうさ」
「この前でも、守備隊の人は大勢が亡くなった。俺達は逃げてただけだ。どこか、割り切れないんだよ」
「それは、違うな。俺達守備隊は食料の欠片も作っていない。生産隊が作ったものを食べてるだけ。それは、俺達が俺達の仕事をしているから許されることであって、何もしていない奴には喰わせないだろ。何度も言うけど、これは俺の仕事だ。命をかけるのも、いや、命がかけれるのは、この仕事をすることで生かさせてもらっているからだよ」
「わかった」
「とっとと、寝てくれ」
「ん」
俊介と智也が戻って行った。俊介と智也が、守備隊のことを気遣ってくれたことは嬉しいと思った。あいつらと一緒に、未来をつかみ取りたい。やらねばならないことは、山のようにある。岩倉司令が果たせなかった漁民との連携という宿題もある。石田計画を軌道に乗せるのは自分達の仕事なのだと思った。

調査隊が帰って来た。舞子のいる部屋にはまだ帰ってきていないが、本部に入って行く康平の姿を見た。元気そうだし、笑顔があった。きっといい知らせを持って帰ったに違いない。安堵感が体の中に落ちていくと、自然に涙が出た。
銃弾に痛めつけられた父の遺骸を見た時、舞子はこの世に一人で取り残されたと強く感じた。母を失った時よりも喪失感が大きく、自分の魂が見知らぬ場所を彷徨っているような不安を感じた。母からも、父からも守備隊の任務を聞かされていて、父の死は自分の身近にあるという覚悟を持っていたつもりだった。だが、それは頭の中だけの実体のない空想に過ぎなかったことを、父の遺骸は教えてくれた。遺体が置かれたコンクリートの床に飲みこまれてしまいそうな無力感と孤独に襲われ、動くことも出来なかった。守備隊の隊長の娘という立場だけで生きてきたように思った時、自分には何も残っていないのではないかと感じた。そんな気持ちで、父が埋められた墓地の土を触っていた時に、康平が声をかけてくれた。
全てを失ったと思った舞子が自分を取り戻したのは、守備隊の隊長の妻という立場だった。自分自身の中に何もなくなっても、立場という無形のものが生きる支えになるということに驚いたが、舞子はそれを受け入れた。本音では生きたいと思っている自分がいる。そのことにも気付かされた。だから、康平を失いたくないと強く願っている。康平の声が聴ければ、康平の笑顔が見れれば、康平に触れることができれば、まだ生きていける。
今は、息が出来ないぐらいに康平に抱きしめてもらいたかった。






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現状維持連合 [評論]



あるテレビ番組で、新聞各社の年頭の社説が提示され、民主党の藤井氏が「新聞にはサポートしていただいて感謝している」という発言をしていました。新聞は政府のやり方を批判しているのではなく、応援しているようなのです。実に不可解な発言でした。
野田政権が無理筋を押し通そうとしていて、国民は大きな違和感を持っていますが、これは、国民が間違っているのでしょうか。それとも、新聞社に何らかの事情があるということなのでしょうか。菅内閣不信任案の時に、新聞社とNHKが不思議な行動を取り、一部の方から批判が出たことは以前に書きました。
また、同じ事をやっているようです。
新聞社には、頭の良い方が大勢おられますので、あからさまなサポートをしているわけではありません。逃げ道はちゃんと作られています。しかし、増税路線の中心人物が応援してもらっていると感じているのは、少し変です。藤井氏、本音がポロリ。
また、産経新聞は、復興需要が終わった後では景気が落ち込み、増税などできなくなるのだから、なぜ、もっと早く増税しなかったのかと主張しています。新聞社の社員は高給取りですから、5%の増税など何とも思っていないと自慢したいのでしょうか。
新聞社が、なぜ、政府の提灯持ちのようなことをするのでしょうか。
こんなことをして、恥ずかしいとは思わないのでしょうか。
新聞が独裁政権の国営新聞のようになっていると批判する人は、まだ少数派です。善良な市民はまだ新聞がジャーナリズムに忠実だと信じているのです。
それでも、庶民を馬鹿にしてはいけません。
庶民の感覚は、古くから、なぜか正確無比なのです。この感覚というものは理屈抜きですから、本能に近いと言えます。言葉や宣伝や圧力、更には隠蔽や誤魔化しを超越した場所にある最強とも言える本能ですから、外れることがありません。
その庶民が腹の底で「何か変だ」と感じています。それは、多分、私だけではないと思っています。社会が正しく機能していない一因に、メディアの堕落は大きく貢献しています。そして、メディアの堕落は強欲に起因しています。強欲とジャーナリズムは、本来なら対極に位置するものですが、今は同じ場所でヌクヌクと安逸を貪っています。
正月早々、その断片を見せられたようで、大変不快な気分になりました。

皆さんは「現状維持連合」をご存知でしょうか。
ご存じではない。
すみません。知らなくて当然なんです。
それは、私が、今日、勝手に作った造語だからです。
それでも、誰も認知していないとしても、連合は存在すると思います。
組織もありませんし、その構成員が連合に加盟しているという意識も希薄だと思います。
しかし、日本を動かしているのは、この「現状維持連合」だと思います。
ごく簡単な定義をすれば、現状維持が自分の利益になると考えている人達を指し、何とか自分の利益を守りたい、と人間の誇りを捨て続けている集団のことを指しています。
その代表例が、新聞やテレビというメディアに籍を置く人達であり、政治家であり公務員です。メディアの平均年収は、ほぼ1000万円を超えています。政治家の収入は給料だけではありませんので明確ではありませんが、それでも1000万円は切らないでしょう。では、その連合の中で最も人数の多い公務員はどうでしょう。地方自治体の統計がありますので、それを参考にしてみますと、1810ある自治体の中で一番高い平均年収は三鷹市の889万円です。600万円以上の自治体が1390(76.8%)あり、500万円から600万円の自治体が406(22.4%)、500万円以下の自治体が14(0.8%)となっています。大雑把な言い方では、公務員の平均年収は600万円だと言われています。
これらの人達は構造改革をされたら、大変困ります。昔のように収入の上昇が望めないとしても、減少することだけは避けたいと思っても不思議ではありません。
一方、民間の給与水準がどうなっているかと言うと、平均であっても400万円以下です。その主流は300万だとも言われています。とても、不自然です。
彼等「現状維持連合」の年収は庶民感覚とは乖離しているのが現状です。
明確な「連合」という組織を形成しなくても、現状維持という目的は一緒なのです。
でも、これって、国が「ゆがんでいる」ということではないのですか。
欲のためならジャーナリズムでさえ捨てるのが人間です。ぬくぬくと生きているジャーナリストが苦しい生活を強いられている庶民の側に立てるのでしょうか。勝ち組のために働いた方が得になるのですから、真実の追求など「とんでもない」と考えているのも仕方がないのではありませんか。日本という国が抱える構造問題に切り込むことは、自分達の収入を否定することに繋がるのですから、そんなことはしません。寂しい話ですが、もし、新聞社の平均年収が300万円以下になれば、彼等はジャーナリストに戻れる筈です。
また、公務員が抵抗するのもごくごく自然な事なのです。彼等は、自分達、税金で生活している公務員が、税金を納めている国民より裕福であるのは不自然だということを知っているのです。知らない訳がありません。しかし、既得権益なのですから、できるだけ先延ばしにした方が得だと思っているだけなのです。いつかは、是正される日が来るでしょうが、一日でも先になる方がいいのです。ですから、公務員の場合は、話し合いなどで問題は解決しません。法律で変えるしか方法がないのです。
政治家は、特に民主党は、政権を取るまでは、結構本気で政治をやろうとしていたのです。そうでなければ、国の仕組みを変えるという発想にはなりません。ところが、現状維持連合のボスである官僚達から「あんた達のやっていることは、自分の首を絞めることになるんですよ」と囁かれ、急遽、反対方向へと走り出したのです。本物の議論をして、本当の問題点がどこにあるのかを国民に気付かれたら、現状維持が難しくなるのです。自分達も同じ穴の貉だということに気付いたのです。そうでなければ、これほど掌を返すような路線変更はできません。とても、不自然です。不自然だということは、そこに何か裏があるのです。それは、構造問題を隠そうとしているからなのです。
本来、ジャーナリストや政治家や公務員には使命があった筈です。使命を捨てて、自分の収入を守るだけの集団に堕ちた人達が動かす日本は、どこへ行こうとしているのでしょう。
使命を持たねばならない人達の代表選手である総理大臣が、まるで品格のない三流芝居のように「増税は、決して、決して、決して、決して諦めません」と高々と宣言する国に庶民の居場所はあるのでしょうか。体力の弱った国民という病人に寄生する虫共は、さらに病人から血を抜き取ろうとしているのです。その結末がどうなるのか、寄生虫は本当に理解できないのでしょうか。いや、彼等は自分達の既得権益を守ることに縛られてしまって、何も見えなくなっているのでしょう。
増税などやってはいけません。一番楽な方法ですから、一度やってしまうと泥沼に沈みこんでいくだけです。消費税の増税で、展望が開けると説明出来る人は誰もいないと確信していますし、消費税の増税で日本が救われるという話も聞いたことがありません。それでも増税するというのは、とても不自然です。それは、現状維持連合の既得権益のためなのですから、国民には説明ができないのです。国民にとって、増税はただの蟻地獄に過ぎません。とりあえずの10%は、次のとりあえずの15%に繋がり、際限なく続くことになります。それで、問題が解決するのならまだ価値はありますが、増税すれば日本の財政問題は更に深刻になるだけです。確かに、自虐行為は日本人の趣味ですが、決して褒められる趣味ではないことを知らねばなりません。
自ら絶望へと突き進む主人公は小説の中だけでいいのです。
苦しみもなく再生はできないのですから、同じ苦しむのであれば、将来展望のある方法を選ぶべきだと思います。
売り上げが半減した企業が従来通りの経営を続けられるでしょうか。商品群を特化し、不採算部門を切り捨て、徹底的なリストラをし、正社員の替わりに非正規社員を雇い、鼻血も出ないほどの合理化をしなければやっていけません。よく、企業と国とは違うのだという主張がありますが、それはただの逃げ口上に過ぎません。国民へのサービスが減るから出来ない、と自分達を正当化しようとする欺瞞に過ぎません。企業であれ、国であれ、家庭であれ、身の丈に合った生活をする以外に方法はないのです。それが、生き延びるということなのです。「現状維持連合」に所属する人達を除けば、国民の大多数が疲弊している今、日本は、40兆円で運営できる国にならざるをえないのです。1997年をピークにして、日本のGDPは一度も1997年の数字を超えていないのです。この先、再び右肩上がりの成長が始まると考える根拠はどこにもありません。
身の丈に合わせるということは簡単なことではありません。既得権益を無くすことになりますから抵抗は半端ではないでしょう。でも、他に生き残る方法を見つけられないのであれば、やるしかないのです。
よく、公務員の給料を下げれば、優秀な人材が集まらなくなるという言い訳があります。優秀な人材を集めた結果が現在の窮地なのですから、その論理には説得力がありません。優秀と言われた官僚達は、国を潰すほどの官僚利権を作り出しただけではありませんか。
極論ですが、公務員はボランティアでもいいのではないかとさえ思っています。それは、高齢者対策としても役に立つのではありませんか。確かに、高齢者は何をやるにも時間がかかるかもしれません。でも、それで国が潰れることはありません。老人にとっては、誰かのために死ぬまで働けるということは、幸せなことだと思います。皆さんの周囲を見てください。年寄りは大量に余っています。きっと、役に立つと思います。小学校の登下校の安全のために、動員されたお母さん方がいますが、表情は硬いです。でも、お年寄りは、とても喜んでいて、表情も晴れ晴れとしています。年寄りには、もっともっと出来ることがあります。生きる場所を提供してはいけないのですか。家の中に閉じ込めておいても、おじいさんはほとんど役に立っていません。役に立たないどころか、邪魔でさえあります。おじいさんだっていい気分ではないと思いますが、どうなのでしょう。おじいさんが毎日出かけてくれれば、おばあさんも喜んでくれるでしょう。家族がみんなでハッピーになれるだけではなく、国家運営の経費が助かります。元気に働きますので医療費も減ります。年寄りボランティアが普通の状態になれば、国民だって慣れるものです。

身の丈に合すことが一番自然だと思いますが、それのどこが間違っているのでしょう。
なぜ、現状維持をしなければならないのでしょう。
現状維持をするのではなく、実勢に合わせ、再出発をしなければなりません。
増税を持ち出すのは、100年早いのです。
我々は、現状維持が全てをゆがめていることに気がつかねばなりません。
何度も「不自然」だと書きましたが、不自然は時間とともに解消されるものではなく、さらに増幅することの方が多いと思います。それは、どんなことにも終わりが来ることで証明されてきました。栄枯盛衰という言葉は歴史の知恵だと思います。
国民が現状維持連合の存在に気付くだけで、日本はきっと変われます。

私が日本崩壊をブログで書き始めた頃、それを読んだ方は「こいつ、アホか」と思ったことでしょう。日本が壊れると感じたのは約10年前です。それをブログで書き始めたのが約2年前でした。数年前までは、日本国債は100年安心国債だと、漠然と信じられていたのですから驚きです。もっとも、日本国債が危険だと思っている人は増えたと言っても全体の5%ぐらいでしょう。まだ、大丈夫だと信じ切っている人が30%。よくわからない、と思っている人が65%ではないかと勝手に想像しています。でも、危険だと思う人は、0.1%から5%まで増えたのですから激増と言えるのではないでしょうか。ただ、日本崩壊の基本的な原因は「自分さえよければ」ですから、日本国債の危機はその一つの現象に過ぎません。
現在は、時事評論という形で、問題提起を心がけています。問題提起をすることを仕事としている人は大勢いますが、現状維持連合に所属しているので口を開きません。なぜ、何の力もない素人がこんなことをしているのかと、自分でも疑問に感じますが、これから先は、多くの方が問題提起をせざるを得ない局面を迎えることになります。しばらく問題提起の期間を経て、解決の方法を模索する段階になるものと思っています。それには、そこそこの時間が必要です。
ですから、いつもの心配は拭えません。残された時間はどれだけあるのかという心配です。


2012-01-12



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財務官僚の皆様 [評論]



去年の暮れに、「日本の危機管理に問題あり」という報告が原発事故調査・検証委員会から出ました。意外な感じがしなかった国民が多いと思いますが、これは、私を含めて日本国民が壊れかけている家に住んでいることに慣れてしまった結果ではないかと思いました。
人間は、ともすると落差で物事を判断する習性があります。危険を危険と認識出来なくなった時に、危険に足元をさらわれるのではないのでしょうか。
政府の委員会ですから、身内による贔屓目に検証した結果でも問題があるということは、第三者が検証すれば、大大問題になるということでしょう。
そもそも、日本人には危機管理が似合いません。
なぜなら。
我々は、先送りが大好きな民族です。
我々は、「まあまあ」がとても、心地よいと感じます。
我々は、古き(例えば、元寇の神風など)記憶を大切にする民族であります。
我々は、横並びが好きです。
我々は、権力者の立場を慮って、自己規制することを得意としています。
これらは、危機管理とは真逆の性癖なのです。
危機管理が一番必要とされている政府が、この程度なのですから、政府以外のセクション(企業や一般家庭)で危機管理がなされていると考えるのは暴論にすぎません。何故なら、どの分野でもその構成者は日本人だからです。

今日は、民間企業の危機管理について考えてみます。
最初に、フィナンシャルタイムズ紙の記事を抜粋します。
今から数週間前、三菱東京UFJ銀行の一部の幹部は、非常に興味深い事実に気づいた。同行がバランスシート上に抱える日本国債の保有残高が、企業や個人への貸出残高を初めて上回ったのだ。そう、読者の読み間違いではない。三菱東京UFJ銀行のような銀行では今、民間セクターではなく政府への貸し出しが最も大きなシェアを占めている。地を這うような低利回りにもかかわらず、同行が日本国債を大量に飲み込んでいる結果だ。

この記事に、私は民間企業での危機管理不在を感じました。
以前にも、金融機関の国債保有率が異常に高いことを指摘したことがあります。
銀行にも事情があるのでしょう。
しかし、もう、これは大変危険な状態だと言えます。
では、危機管理を無視せざるをえない銀行の事情とは何なのでしょう。
私は、銀行員ではありませんし、その道の専門家でもありませんので、限られた一面だけを見ているだけだと言われるかもしれません。そのつもりで読んでください。
誰でも知っている事ですが、銀行の仕事は、預け入れてくれたお金を運用して、預金者に支払う利息と会社の経費と会社の利益を生み出す事です。
では、運用とは何でしょう。
個人相手の住宅ローンであり、企業の設備資金や運転資金を貸し出しすることであり、利益の出る資産を持つ事です。国債も資産と考えて、比較してみます。
個人や企業相手の貸し出しでは、必ず現物担保がありますが、国債の場合はありません。
個人や企業への貸出の一件当たりの金額は、銀行の資産内容からみれば、大きなものではありませんが、日本国債の場合は一件当たりの金額が巨大です。
個人や企業の場合、住宅ローンを組んでいる個人が、ある日、全員、自己破産をする事態は考えられませんし、全ての企業が一斉に倒産することもないでしょう。自己破産や倒産はありますが、銀行業では織り込み済みです。それは、貸出先が多く、危険が分散されているから、統計手法が有効になるのです。しかし、日本国債の場合の相手は一つの国です。
では、国民全員が自己破産する確率と、企業が全て倒産する確率と、国がデフォルトする確率を比較してみましょう。この100年で、全個人や全企業の自己破産や倒産は、世界で一度も発生していません。しかし、国債のデフォルトは何件も発生しています。
危機管理の観点から言えば、最悪の事態は国債でしか発生していないのです。
銀行家は慎重な人が多く、石橋を叩いてでも安全の確保を優先させるものだと思っていましたが、なぜ、こんな危険な、馬鹿なことをしてしまったのでしょう。倒れる時は、全ての銀行が倒れるのだからいいと考えているのでしょうか。
優秀な人材が集まる業界に、官庁、新聞社、テレビ局、銀行などがありますが、そういう業界の方々が揃って日本をミスリードしています。優秀な人材とは何なのでしょう。ただ、学校の成績が良ければ優秀なのでしょうか。このことは、国の仕組みが歪んでしまった結果なのではありませんか。彼等に高給を払って、日本を破滅へ向かわせるのは、泥棒に追い銭より始末が悪いと思います。
では、ゲップが出るほどの国債を飲みこんでいる銀行は、どうやって危機を回避しようとしているのでしょう。これは、銀行の経営者に聞かなくてはなりませんが、私の友人に銀行の頭取はいませんので、推測することしかできません。
参考までに、ロイターの記事を抜粋してみます。これは、三井住友FGの宮田孝一社長がロイターのインタビューに答えたものです。テーマは日本国債です。

「我々の持っている日本国債の平均年限は2年だ。今後、日銀は金融緩和政策の方向へ進むことはあっても引き締めに向かうことはないだろう。この程度の年限で持っていれば逃げ切れる。このため、日本国債では我々は大きくは儲からないだろうが、リスクはほとんどない状況にポジショニングを変えてしまった。日本国債のリスクは、ずっと言われてきているが、債務危機が理由となって売られたこともなければ、格付けが下がったといって売られたこともない。確かに頭の片隅にあるテーマではある。問題は(日本国債危機が)いつ実現するのかということだ。その引き金になるようなイベントがない限り、現在の小春日和というか、小康状態が続くイメージを持っている。しかし、リスクがないかと言えば、リスクはあるので、気がついたらデュレーションを短くしてしまっているという状況なのだと思う。何が(危機の)発端になるかというと、誰かが売りを仕掛けた時に始まるのだろう。売り仕掛ける人は日本国内にはいない。海外のヘッジファンドだとすると、売りを正当化する理屈がその時にあるかどうかだ。さらに言うと、日本の機関投資家が本当に動揺するかどうかと言ってもいい。今、そのようなステージにあるとは考えられない」

この宮田社長の話は、本音で語られたものではないと思いますが、もし、本気でこの程度の認識なのであれば、それは恐ろしい事です。この話に危機管理の意識は感じられません。宮田氏は政治家や官僚という公人ではありませんので、穴だらけの論理にケチをつけることはしませんが、とてもメガバンクの社長の話とは思えません。それは、この話が建前論に過ぎないからなのですが、それにしても、もう少し本物らしく装って、気を使ってくれなくてはロイターの記者にも失礼だと思います。それとも、日本のバンカーも政治家と同じで、三流ということでしょうか。
本音の回答は、多分、やはり、「死なばもろとも」。
それは、もう、危機管理などではありません。

荒唐無稽な話ですが、銀行預金に「預け入れ制限メカニズム」があって、銀行経営者が正しい経営をし、財務省の要求を刎ねつける度胸があれば、こんな異常事態にはならなかったと思います。
しかし、現実には、銀行は預金を無制限で受け入れています。民間の資金需要が減少したから、預金の受け入れを制限するという処置はとっていません。これができれば、銀行にとっては非常に効率的な運営ができます。では、預金受け入れ拒否をすればどうなるでしょう。拒否された一般の資金は別の資産へと移ります。他の資産の場合は銀行預金ほど流動性がありませんから、銀行が資金を必要とした時に簡単には戻ってきません。これは、銀行業務の縮小になりますので、民間企業としては選択できません。民間企業は拡大発展が必須なのです。
また、銀行内部で資金の余剰が起きた時に、その余剰資金を放置するという選択肢もありません。それは、預金者への利息を支払う義務があるからです。たとえ、1%未満の利幅であっても運用しなければなりません。
では、国債ではなく、社債や株式では駄目なのか。その他に投資先はないのか。残念ながら、日本の銀行のビジネスモデルは貧弱だと言われています。
そんな中で、国債購入が一番簡単だという利点と、財務省からの強い要求は利害が一致しますので、危機管理さえ無視すれば最適の運用形態なのです。その結果が、金融機関の膨大な国債保有という現実を生みだしたのですが、そこには危機管理から国債を除くという条件を付与しなければ成り立たないという「ごまかし」が存在しています。一度、この泥沼に落ち込むと、抜け出すことが至難の技になりますが、抜け出す以外に方法がないのも現実です。きっと、どの銀行もその秘策を探しているのでしょうが、未だに成功している銀行はありません。
これは邪推かもしれませんが。
金融機関は泥沼から抜け出すことを諦めて、訪れる財政破綻を前提として、その先にあるハイパーインフレ対応に舵を切ったのかもしれません。そうであれば、前述の三井住友FGの宮田孝一社長の話はさして重要な問題ではありません。
でも、国民にとっては、これは、どう考えても危険です。
失われるのは、あなたの個人資産なのです。
俺には資産が無いからと高みの見物をしようとしている、あなた。
ちょっと待ってください。
ハイパーインフレは、資産の有無に関係なく襲ってくる暴風みたいなものです。

こんな異常事態が持続できる保証はどこにもありません。
銀行は、他に選択肢はなかったのだという言い訳をするのでしょうが、それは、言い訳にしかなりません。こんな安易な発想で金融危機が発生すれば、傍迷惑もいいとこです。

また、ここでも長期金利の話をします。
長期金利は需給で決まります。売り方が多ければ金利は上昇し、買い方が多ければ金利は低下します。最近の例では、イタリア国債の金利があっという間に7%を超えましたが、それはイタリア国債を所有していた世界中の金融機関が売り方に回ったためです。
日本国債の場合も、金融機関は、近い将来売り方に回ります。長期金利の上昇を無視できる金融機関は存在しません。しかも、日本人が得意とする横並びで売り方になります。たとえ、売らずに保有し続けても、決算期には含み損を計上しなくてはいけない仕組みになっています。それを放置すれば粉飾決算になりますので、どの銀行も売り方になる以外の選択肢はないのです。
できるだけ損失を少なくするという行為は銀行にとっては当然の行動なのですが、余りにも多すぎる1000兆円という借金は未曾有の大災害に発展します。世界中のヘッジファンドが束になって買い方に回ってくれても、この金額は無理でしょう。それは、底なし沼のような売り圧力になり、売り方に回るタイミングを間違った金融機関はダメージを大きくすることになります。これはパニックのような売り競争なのです。
この爆発的なエネルギーにより、日本の長期金利は7%どころか、一気に20%を超える金利水準になるものと思います。
例えば、長期金利が20%になったとしたら、最初に倒れるのは郵貯銀行です。以前に調べた時でも、約160兆円の国債を保有していました。32兆円の損失には耐えられません。当然、郵便局には預金者が群がります。預金の引き出しができた方はラッキーでしょう。時間の問題で、郵便局は閉鎖されます。では、それが一過性の出来事で終わるのでしょうか。私には、そうは思えません。最終的には、全ての金融機関を国有化し、預金の凍結をする以外に方法はないでしょう。では、金融機関を国有化すれば済むのか。とんでもありません。国自体が成り立ちません。毎年発行する日本国債が200兆円としてみると、毎年、利息だけで40兆円必要なのです。40兆円という数字は、日本の税収と同じ金額です。税収を全て利息支払いに使ったら、何も残りません。仕方ないから100兆円の新規国債を発行するのですか。その次の年はどうするのです。これでは、闇金融に借金しているのと変わりません。夜逃げするんですか。自己破産するんですか。ありえませんよね。こんなこと、誰が考えてもわかることです。つまり、長期金利が上昇を始めたら、日本は潰れるのです。
既に手遅れではありますが、たとえ民間企業といえども、特に金融機関における危機管理不在は、国レベルの大事故に繋がる可能性が非常に大きいと言わなくてはなりません。
我々庶民には縁のない場所で、爆発へのカウントダウンは進行しているのです。

ここで、念のために言わせてください。
預金保険機構が機能するのは平常時に限られます。こんなことは誰も言いませんし、政府は「大丈夫」だと言うでしょう。でも、政府の「安心・安全・大丈夫」が信用できないことは、社会保障や原子力行政で証明されているのです。最終的には「想定外」であったり「非常時」であったり「自己責任」であったりするのですから、1000万円までは預金が保護されていると安心していては丸裸にされてしまうのです。現実的には早い者勝ちの世界になります。一番に駆けつけて自分の預金は自分のお金にしなければなりません。預金凍結の処置が取られた時点で、預金は自分の資産ではなくなります。更に言えば、個人国債や株や投資信託も紙屑になります。また、住宅ローンを持っておられる方、長期金利が上昇すれば、返済金額は数倍になることを覚悟して下さい。
しかし、ご心配なく。
例え、預金の引き出しが出来なくても、国民の運命にはそれほど差が出るわけではありません。なぜなら、ハイパーインフレ劇の幕開けになりますので、貨幣は何の役にも立たなくなるのです。貨幣が貨幣として役に立つ間に、食料を買うことの方が現実的です。ただ、その場合、100年分の食料備蓄は大変なことになります。年間100キロの米を消費する場合、10キロ入りの米袋が10000袋必要です。置き場所がありますか。床が抜けたりしませんか。米だけでは栄養が足りませんから、副食用の畑を自分で育てなければなりません。土地はありますか。農業の知識はありますか。水は確保できますか。こうやって考えた時、一番現実的なのは、餓死です。必要なものと言えば、諦めと覚悟だけで済みます。
あれれ。
今、笑いました。いや、確かに笑いましたよね。「たちの悪い冗談はやめろ」って言うんですか。ほんとに、冗談で済めば、こんな嬉しいことはありません。私だって、餓死するのは嫌ですから。

長期金利は身近なものではないので理解しにくいのですが、これは魔物です。国家権力をもってしても、その動きを制御することはできません。
では、長期金利の上昇は何をきっかけに始まるのでしょうか。
日本国債の格下げ。
余剰資金の枯渇。
金融機関の安全確保(危機管理の始動)。
世界恐慌、または戦争。
その他、予見の出来ないこと。
どの項目も、全否定する材料はありません。また、単独で起きるとは限りません。
きっかけさえあれば、長期金利の上昇は、いつ始まってもおかしくないのです。
もっと言えば、そのきっかけが正しい判断だったかどうかも問われません。イタリアの長期金利が急騰した原因はベルルスコーニ前首相の個性によるものだという解説もあるぐらいです。長期金利の上昇がまともな理由で起きるとは断言できないのです。
前述の銀行経営者の話に「逃げ切れる」という言葉がありました。叩き売る腹は持っているという事です。こう考えているのは三井住友FGだけでしょうか。いいえ、違います。郵貯銀行を除く全ての銀行や保険会社などの日本国債を保有している会社の共通認識です。他社よりも1秒でも早く売り抜けなくてはならない、と全社が思っていて、成功するものなのでしょうか。とても、そんなこと、無理です。
どこの銀行も逃げるつもりをしているのは当然でしょう。自分を守るためなら何でもできるんです。経営者も生身の人間なのですから。しかし、その考えが甘かったと知った頃には手遅れになっている、ということに気付く経営者はほんとにいないのでしょうか。自分の会社を守るために、財務省に逆らう勇気を持つ経営者はいないのでしょうか。他社よりも一歩前に出たいと思う経営者はいないのでしょうか。秘密裏に国外のヘッジファンドに手持ちの国債を売り渡している会社はないと言えるのでしょうか。多分、日本国債を取り巻く裏舞台は危険が一杯なのではありませんか。日銀も財務省も、そのことに気付き、裏も取れ、危険を認知したのではありませんか。以前に日銀総裁の話(長期金利はある日突然上昇する)を書きましたが、その後も政府筋からその手の話は何度も出ています。
一旦、上昇が始まれば、もう止まる可能性はないと考えなければなりません。
日記「まさか」で書いた惨状が現実のものとなります。
石田が心配してきた日本崩壊は準備万端の状態なのです。ネットメディアでは、日本の財政破綻への警告は増え続けています。一般メディアだって、いつまでも無視できない状況になってきていると思います。

心配があります。
野田内閣が消費税増税に失敗した時、何が起きるのか。
最大の心配は、長期金利は大丈夫なのか、ということです。
財務省の力が試されます。
本当に、フライングをする金融機関はないのでしょうか。
増税法案を成立させるのも、廃案にするのも国会議員です。増税賛成派になっても、選挙が戦えると考える議員はそれほど多くはありません。何らかの裏取引がなければ成立は困難だと思われますので、失敗の確率の方が高いと思います。
しかし。
今回の財務官僚の脅しは単なる脅しではないようにみえます。
そうだとすると、かなり、ヤバいと思います。
今ほど増税に不利な時期はないと思うのに、なぜ、こんな無茶なことをするのでしょう。
なぜ、ここまでゴリ押しをするのでしょう。それは、財務官僚の話に説得力があったからなのではないでしょうか。
増税は延命策にしかなりませんが、失敗すれば何かが起こることになります。
勿論、成功すれば、もっと酷い状況になることは、棚に上げての話です。
失敗した場合。
追いつめられた財務省にとっても、また、窮地に立っていることを知らない国民にとっても財政破綻シナリオを国民に公表することが最善の策だと思います。
大騒ぎになりますが、もう隠蔽をしたままで乗り切ることは難しいと思います。
以前にも書きましたが、日本は新発債と借換債を合わせて、年間で170兆円の国債を毎年発行しています。来年は44兆円を超える新発債を発行しますので、更に増えることになります。欧州不安の関係で日本国債の国外保有率が増えています。以前は5%前後だった国外保有率が、2011年9月で8.2%になりました。国内の金融機関が余力を失って、財務省の要求通りに国債を消化出来なかったら、この国外保有率は上昇します。その時に、現在の1%の利息で海外の金融機関が買ってくれるとは思えません。利息を上げなければ国債が消化できない事態になるのです。と言うより、勝手に利息は上がります。
財政破綻のXデーを決めて、カウントダウンをすれば、嫌でも国民的議論という大騒動になりますが、その議論のどこかで、本物の病巣がどこにあるのかも、洗い出されるのではないかと期待してみたいのです。「甘いなあ」と言われても、仕方ありません。可能性がないよりはあった方がいいと思うのです。
霞が関から遠く離れた奈良から見ていても、財務省のうろたえぶりは異様に感じられます。
財務官僚から見れば、増税に反対している民主党議員の行動は不見識と映るでしょう。それは仕方がありません。真実を知らされていないのですから、彼等にとっては自分の選挙が一番大切なのです。
そのことは、財務省からレクチャーを受けた3人(野田、安住、藤井)だけが前のめりになっている様子を見ればよくわかります。まるで、別の党みたいです。最近になって前原氏も説明を受けたようで、消費税は、10%では不足だと言い始めました。前原氏は、もう少しまともな政治家だと思っていましたが、全くの期待外れでした。消費税を25%にしても、50%にしても、100%にしても財政破綻は回避できません。彼の口ぶりでは、財務官僚の25%を信用しているような言い方でした。
あのポチ三兄弟の、頭の出来が悪いのではありません。財務省から聞かされた内容が驚きのシナリオだったのでしょう。
そこで。
財務官僚の皆さま。
極悪人になる前に、国を救う英雄になってみてはどうでしょう。
随分前にも提案しましたが、日本の現況と、あなた方が作った破綻シナリオを公開してみませんか。あなた方のシナリオに説得力があることは証明されています。幸いなことに、現在の総理大臣はあなた方のポチですから、あなた方の許可があれば尻尾を振って先頭に立ってくれます。勿論、責任は、全部、政治家に押し付ければいいのです。子分が親分の罪を背負って出頭することは珍しいことではありません。いえいえ、ポチは人間ではありませんので逮捕はされないと思います。もし、逮捕されたとしても、変身して「どじょう」になれば監獄からは簡単に脱獄できます。そこは、どうか、ご心配なく。
しかし、一つ忠告しておきます。
財政破綻、債務危機を阻止するためには、増税しかないのだ、というあなた方の主張をそのまま信じている人もいますが、マインドコントロールにかかっていない国民も大勢いるということを忘れないでください。
政治家も官僚も国民も、一度、全員、裸になって、新しい日本を作ってみましょうよ。

2012年の一回目なので、少し長くなってしまいました。
毎回、暗い、暗いと断られても、読みづらいと思います。
今年から、石田のブログは「暗さ」を売りにすることとしました。
開き直りですが、よろしくお願いします。
キャッチフレーズは。
暗い話がご要望の節は、当ブログへお越しください。

石田の暗い話が現実にならなければいいのですが。
残念ですが。
私は、現実になると思います。
ほぼ、間違いなく。
なぜなら。
多くの事象が同じ方向を向いているからです。
不自然なほど、ある方向を指しています。
私自身が日本崩壊の預言をしたことを後悔する日が、来ます。
大変、残念です。


2012-01-05



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南相馬市 [評論]



す、すみません。
また、書いてしまいました。今年は終わりだと何度も言っている私はオオカミ少年なのか。
どうか、ご勘弁を。
どうしても、紹介したい記事がありましたので、追加の追加です。
JBPRESSの12/28付記事です。
小松秀樹氏の「南相馬市の放射能検査をやめさせた総務省」です。
日本の統治機能が、ドン詰まりにきている縮図のように感じました。
興味のある方は、是非、一度、御高覧ください。
JBPRESSで検索すればサイトは見つかります。


2011-12-28



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応援歌の追伸 [評論]



昨日の時事評論が、今年最後の筈でしたが、少しだけ追加です。
フリージャーナリストの上杉隆氏が、12/23付けのダイヤモンドオンラインで堕国論というコラムを書いています。氏は坂口安吾の言葉を借り、一度堕ちるところまで墜ちなければ、日本は再生できない場所にいると主張しています。日本という国の立ち位置に対する彼の認識に間違いはないと思いますが、地獄に堕ちれば再生できると信じている部分は、まだ若さなのかもしれません。氏は政府と官僚とメディアがタッグを組んで「大本営発表」をやっていると指摘しています。この認識も、間違っていません。
しかし、敢えて言いますが、彼は間違っています。
一度、体制が崩壊するところまで堕ちれば、再生できると夢見ている所が間違いなのです。
残念ながら、堕ちたら、日本はその場所に居続けることになるのです。再生はありません。
日本は、一度崩壊したら、「永遠」に崩壊状態から脱却できません。
そこが、最大の問題なのです。
もし、明日という日を夢見るのなら。
今の日本は、崩壊を阻止しなければならないのです。
勿論、現在の体制で崩壊の阻止は不可能です。
「国の仕組み」を変えることでしか、日本存続はありえないのです。
それは、大変リスキーで国難なことです。
しかし、そこにしか、その細い道にしか、日本の進む道はないのです。
そのためには、多くの国民が現実を直視することが不可欠です。
「国の仕組み」を変える方法が一つだけあります。
それは、国民が「国の仕組み」を変えることのできる政治家を国会議員として選出することです。
法律を変えれば、どんな変化も可能ですが、逆に言えば、それ以外に方法はないということでもあります。
国民が、それを望み、その望みを具現化してくれる政治家が必要ですが、残念ながら、国民も政治家もまだそのことに気付いていません。
私は、何度も時間との戦いだと言いました。
このまま、放置すれば崩壊は必ずやってきます。いつ、国民と政治家がそのことに気付くのか。崩壊か、変化か、どちらが、早いか。今は、その競争です。オッズは9対1で崩壊の方が優位に立っています。
少なくとも、この点に焦点を当てた論文は、まだ出てきていません。もう少し、いや、まだまだ時間がかかるのかもしれません。それでも、漠然とではありますが、このことに何となく気付いている人は多くなりました。その事が救いになるのか、どうか。
上杉隆氏のコラムを読む人は、何万人も、何十万人もいるでしょう。それだけ、影響力のある人間が、何故、もう一歩踏み込めないのか。とても、残念です。
彼は、原発事故の取材内容を、ジャーナリストを廃業してでも公表すると言っています。そのためには、取材元を明らかにせざるをえないために、ジャーナリストは続けられなくなります。
そのことは、彼自身の選択ですから尊重しなければなりません。
でも、身を捨てる覚悟なら、本物に辿りついてからにすべきだと、心配しています。
もう、一歩で、辿りつけるのに。
そうは言っても、応援するしかないのでしょう。


2011-12-23



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応援歌 [評論]



2011年も大変な年でした。
来年度の予測が出てくる時期になりましたので、少しだけ真似してみます。
2012年度は、巷で言われているように不安定な年になりそうです。これは、日本だけでなく世界的な時流になるとも言われています。世界的な予測の中では日本の変動はベストテンにランクインしていませんが、日本人としては、やはり日本のことが気になります。
そこで、一つだけ。
衆議院の解散総選挙は春なのか、夏なのか、秋なのか。解散総選挙の有無の問題ではなく、時期の問題が語られています。
しかし、国民にとっては、悩ましい年です。政治家の都合で選挙をされても、投票する政党も政治家もいない状況で、国民はどうすればいいのかがわかりません。
政党の現状。
大嘘つきの民主党に一票を投じるのは、既得権益を守りたい組合と、勘違いから抜け出せない少数の市民でしょう。大幅に議席を減らすことになります。
棚からボタ餅が落ちてくるのをひたすら大口を開けて待っている自民党に何かができると思う国民の数は決して多くないと思います。この時期に石原幹事長がポスト谷垣に色気を見せているようでは、救いがありません。石原さんの勘違いが今の自民党を象徴しているのかもしれません。
池田氏のパワーが落ちたのか、創価学会(公明党)はひ弱な感じがするようになりました。
共産党と社民党は過去の遺物ですから、日本の未来は託せそうにありません。
みんなの党は、組織票がなく、地方政党の域を出ていませんので、政権を取る力は期待できません。ネット世論では、みんなの党が一番人気なのですが、政党としてはまだ弱いと言わなければなりません。
それ以外の政党は、語る必要もないように思います。
このような政党しか存在しない日本。
国民は一体どんな選択をすればいいのでしょう。
総選挙後に政界再編が起きると予測する人もいますが、現実味が薄いと感じています。それは政党助成金制度の問題です。1月1日を超えれば、新党結成がほぼ困難です。年末まであと一週間ですが、新党の臭いはしません。今の政党は政党助成金なしで党運営などできません。党を割っても、離党しても、即座に金の苦労をしなくてはならないのです。そんな勇気が議員にあるとは思えません。今、一番新党結成の可能性があるのは小沢新党ですが、表看板が裁判中の小沢さんでは人は集まらないでしょう。小沢さんのダミーになれるような人物も見当たりません。
では、選挙前に政界再編をする勇気がある議員がいるのでしょうか。それも、難しいと思います。もしかすると、今のままの方が当選する確率が高いと考える議員は少なくないと思います。冒険のリスクよりは、現状維持の方が希望的観測が入る余地が大きいからです。

そこで、みんなの党に提案です。民主党の若手議員の大半は落選することになります。民主党若手議員の優秀な人をリクルートすることです。組織票がある訳ではありませんので、餌はみんなの党の公認候補という看板だけです。民主党から立候補しても当選は難しいとさとし、無所属になって立候補しても、浮動票を獲得して当選するしかないと彼等を熱意だけで説き伏せるのです。彼等の地元の後援会は、民主党公認での選挙は厳しいという危機感を持っていますので、それほど悪い提案ではないと思います。うまく風が吹けば、みんなの党が全国区になります。駄目で元々ですから、それでいいのです。
或いは、みんなの党が用意している地方自治体に関する法案を、他人の責任で廃案にする事です。政界ですから、裏技でいいのです。笑顔で擦り寄って来た民主党や自民党のせいで廃案になれば、大阪維新の会は衆議院選挙に足をかけなければならなくなります。東のみんなの党と西の維新の会が風を吹かせば、東京と大阪だけではなく、全国に新勢力が誕生する可能性があります。国会議員であれば、どんな手段を取ってでも選挙に勝ちたいと願っています。所属政党を変更することぐらい、議員にとっては朝飯前だと思います。
既存政党はどの党も選挙に自信満々という党はありません。自信があるのなら、あれほど大阪維新の会に尻尾を振る必要などないのです。みんなの党は、今こそ「押せ押せ」で臨まなければ小政党で終わることになります。その辺の展望が持てる選挙参謀がみんなの党にいるのかどうか、お金があるのかどうか心配ですが、蟻の一穴はこんなところにしかないのではないかと思われます。
みんなの党がある程度の成功を収めれば、公明党も自民党を見限ることになりますし、そうなれば、組織票のないみんなの党も選挙協力という手法で組織票を当てにすることが可能となります。それは、次の参議院選挙では武器になります。
日本の現状を変えるには、先ず政治家が変わらなければなりません。激動の年になるのですから老人になど頼ってはいけません。従来と同じ政治をしていたのでは、日本再生など夢に過ぎません。2012年の世界大事件簿に日本の財政破綻がランクインして、嬉しいと思う国民はいないのです。
みんなの党しか応援に値する政党が見当たらないのは寂しい事です。それでも、頑張っていただきたいと願わざるをえません。

もう一つ、是非、頑張って欲しいと思っているのが大阪市長です。市政改革に成功し、都構想に道をつけ、道州制の方向に地方が動き出せば、日本が変われるかもしれません。魔物とも言える大阪市職員、闇の支配下にある市議会、その上、中央省庁まで相手にして戦おうとしている橋下氏には、奈良市民である私でもエールを送りたい。
官僚に都合の良い地方自治体を作ることに意味はありません。中央官庁の利益を優先させた地方自治は、本物の自治ではありません。地方が活性化することもありません。そのことは、住民のための自治でもありません。政治が国民目線で行われていないのは、官僚達にそのような考えがないからなのです。彼等の関心事は、自分達の利益なのです。国民の利益などではありません。それが、今までの日本の長い歴史です。
何故、他府県の知事さんや大都市の市長さんは沈黙を守っているのでしょう。地方自治にも歴史があるのですから、総務省に逆らうことには勇気がいることはわかりますが、今は自分の身を捨ててみてもいいのではないかと思います。橋下氏は明らかに総務省に、国に喧嘩を売っています。しかし、地方自治を変える方法は中央省庁と対峙する以外にないのです。多分、これは封建時代から続く数百年の日本の歴史に反旗を翻すことになります。今は、お上の横暴に終止符を打たなくては、日本という国が成り立たないという時期に来ているのです。つまり、歴史的にみると、大阪市長の挑戦は大事件なのです。同じ地方自治体の首長として、大阪市長の応援をしてあげてください。勿論、橋下氏が成功するという保証はありません。お上の方が強いに決まっています。しかし、今はチャンスでもあります。国政の政治家達が右往左往していますので、お上は一枚岩ではありません。時代の要請も変化を求めています。彼が潰れれば、この先、いつチャンスが来るのかわかりません。こんな歴史的瞬間に首長をやっていることは、ラッキーだと思ってください。

2011年は、小説以外の日記や評論を書き過ぎました。いや、そもそも、スタート時点では月に一回か二回のブログが書ければいいと思って始めた事です。
来年の後半は、また、書く機会が増えそうで、心配です。
来年は世界にとっても、日本にとっても、いい年にはなりそうにもありませんが、せめて、個人としてでもいいですから、多くの方にとっていい年になりますように祈っています。


2011-12-22



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言葉と狂気 [評論]



総理会見のニュースです。
「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至ったと判断される」

収束宣言 ?
まさか !!!
この発言に対して「よかったね」という声はどこからも聞こえてきません。
日本国民の、誰一人として、総理と同じ感触は持っていません。
海外の反応は、厳しいものか、日本政府の姿勢を馬鹿にしたものか、のどちらかです。
私は、この発言はどじょう内閣の言葉遊びが狂気と呼べるものであることを露呈したものだと思います。
アインシュタインの言葉に「狂気とは、異なる結果が出ることを期待しながら、同じ事を何度も何度も繰り返すことだ」というのがあるそうです。
政治でこんな狂気をやってはいけません。かつて大本営発表という愚行があり、戦争をさらに悲惨なものにしてしまった経験を持つ日本人が、やってはいけないことです。
総理の両目には増税という二文字が刻印されてしまったので、本来なら見えるものも、見えなくなってしまったのでしょう。これは、視野狭窄。病気です。官僚と仲良くなりすぎて、伝染したのかもしれません。視野狭窄は伝染病には指定されていませんが。

日本崩壊論を終えて、時事評論をするようになって、時間軸が短くなってしまったと感じています。例えば、12/11に「冷温停止状態」のことを書きましたが、12/16には総理会見で言葉遊びが現実に起きてしまいました。この冷温停止状態については、12/16にドイツの専門家が私と同じような意見を言っています。つまり、専門家であろうと、私の様な素人であろうと、誰が考えてもわかりきったことを、言葉だけで逃げようとしているのが日本の総理大臣なのです。彼の狂気は冷温停止状態の発表だけではありません。
民主党政権でやっていることは、ほぼ全てが「まがいもの」なのです。その原因は、官僚との戦いに負けたことにあります。「国の仕組み」を変えると言い、国民の希望を託された民主党は官僚の支配下に組み入れられたことで、国民の希望とは逆の方向へ向かってしまいました。
今の民主党は、官僚と連合のための政治をやっているだけで、それ以外の国民(1億1千万人)のための政治はやっていません。ただし、民主党だけが悪いのではありません。政治家が、例外なく、と言ってもいいと思いますが、「自分さえよければ」をやっているのです。自民党が政権を取れば、官僚と財界(大手企業)のための政治をするのですから、庶民にとっては同じようなものです。

もう一つ付け加えておきます。
総理は、来年度予算編成に際し、44兆円の借金は厳守したいと発言しました。まるで、借金をすることが褒められることのようなこの勘違いを、どう受け止めればいいのか。
44兆円に抑えることが偉業だと発言しなくてはならないことの方がはるかに問題発言だと思いますが、聞く方も慣れっこになっていて何のリアクションも見られません。
同じ間違いを繰り返していると、その間違いが間違いでないように錯覚してしまう。そんな中で、自分は頑張っているのだと発信して、何か意味があるのでしょうか。
余りにも、器が小さく、誠意も熱意も感じられません。そこにあるのは、姑息な言葉だけの手練手管を学んだ小心者の姿です。それは、まるで腐った官僚のような臭気を発している異常者としか見えない男なのです。キモイという言葉がよく似合います。
総理の個人的な人柄を知っている訳ではありません。個人としての総理はきっといい人なんだろうなと思っています。しかし、彼は公人なのですから、甘えはゆるされない立場にいるので、気の毒だと思いますが、ごめんなさい。

学者、評論家、コメンテーターという玄人筋には、総理を評価する空気がありますが、理解できないのは、私の欠陥なのでしょうか。逆に、大阪の橋下氏に対する評価が非常に低いのは何故なのでしょう。確かに、大阪府知事に当選したばかりの橋下氏には私も期待をしていませんでした。芸人弁護士崩れに何ができるのだ、と思っていました。しかし、大阪府の改革を実行し、破産寸前だった大阪府財政の目途を立てました。中央政界で、誰か、日本財政の目途を立てた人がいましたか。小泉さんは、プライマリーバランスを達成する方針を立てましたが、後継者がいないために、元に戻ってしまいました。民主党政権では、財政の辻褄を無理矢理合せるために、国民との約束もしていない増税で乗り切ろうとしています。今の日本にとって、増税は劇薬になります。とても、正しい選択とは思えません。
政治は結果です。ズルズルと借金を続けている中央政界の政治家と、その体質にメスを入れた地方政治家と、どちらが国民の利益になるのでしょうか。橋下手法がいいと言うつもりはありませんが、実績という意味では橋下氏が勝っているように思います。
最近は夕張市の実情がメディアに出てきませんが、再建できたのでしょうか。財政破綻をした夕張からは多くの住民が流出しました。残された住民は苦しい市民生活を強いられました。大阪府は財政破綻の寸前までいっていたのです。その破綻を食い止めたことは、大きな実績だと思いますが、違うのでしょうか。
では、玄人筋の方々の価値判断を推測してみましよう。勿論、中には本質論を堂々と述べている方もいます。ですから、全員ではありません。
私のような素人でも、現状認識が出来ますし、その処方箋もわかります。彼等はプロなのですから、当然、わかっています。その処方箋の行き着く場所にはお金が落ちていないこともわかっています。今の収入を維持するためには、現状を是認する以外に方法はないと思うのも無理ありません。今の彼等は勝ち組に属しているので、その利権を手放したくないと願うのです。テレビ局や新聞社の社員の報酬が群を抜いて高いのですから、メディアから恩恵を受けている人達も、充分優遇されています。日本財政を本気で立て直すことになれば、メディアの高給は認められなくなる日が来ますし、メディアに群がる人達も淘汰されてしまいます。個人としては、それを避けたいと思うのでしょうが、それは少し違いませんか。
日本は、全ての国民が身の丈に合った生活にしなければならない時なのです。
日本を救うためには、いや、日本国民を地獄へ落さないためには、多少難のある政治家であっても、今は藁にでもすがる時なのです。
勝ち組に属していれば、現状を継続できると思うことは、崖の上に立っている自分の背中を自分で押すことになるのです。「何かいい手がある筈だ」と夢見ていても、そんなものがなかったと知ることになるのは奈落に落ちてからなんです。そんなことぐらい、皆さん、わかっているでしょうに。せめて、誇りだけでも大事にしませんか。

ここで、少しだけ自己弁護をしておきます。時事評論だと時間軸が短くなり、数日で結果が出てしまうことがあります。ブログ更新数日で読んでくれた方には、パクリではないことがわかっていただけますが、新しく来てくれた方が以前の評論を読むとパクリに見えてしまうのです。
時事評論のために取り上げるニュースは過去の記事ですから、ニュースだと断っています。しかし、そのニュースに対する評論は全てオリジナルです。それは、私にはパクリをしなければならない動機がないからです。この時事評論は売名行為や世間に媚を売るために書いているものではありません。敢えて言えば、素人の、庶民の中にも本質論があったのだということを、歴史の検証の時に取り上げてもらえばいいのだと思っています。これは、素人の、庶民の、抵抗だと思います。そして、私だけではなく、根っ子が間違っていると感じている国民は、想像以上に多いのではないかとも思っています。私は、そういう人達の声を代弁しているのだと勝手に思っています。違うのかな。勿論、私の意見が、オリジナルだから正しいというつもりはありません。逆に、間違っている可能性は高くなるものだと思います。それでも、こんな意見もあるという参考にはなるのではないでしょうか。
庶民のブログの利点は、権力に魂を売り渡していないところにあります。何の利権もない庶民が預言ではなく時事評論を書いていると、商売で評論をしている人達の「しがらみ」を強く感じます。商売ですから、仕方のないことだと思いますが、もう少し誇りを持ってくれることを期待してしまいます。評論家という言葉を使う時、そこには暗に嘘つきという意味が込められている場合があります。それは、利害を勘案しなければならない商売人の評論家を指す言葉ですから、素人評論家には当てはまりません。素人評論家は、評論を書いても一円の得もない替わりに、嘘をつく必要もないのです。

これからの日本では、時間が経過すれば、本質論は必ず表舞台に出てきてしまうのではないかと思います。官僚やメディアは隠し通そうとするでしょうが、民がそれを許さないのではないかと思います。まだ、この先、民に対する不当な扱いはありますが、官僚達の思惑はどこかで行き詰るでしょう。それは、この国自体がドン詰まりになっているからです。そのことを、民は肌で感じています。これは、もう本能に近い感覚ですから、お上の口先だけでは払拭することは難しくなります。あとは、運・不運の問題です。国の崩壊が先か、民が立ち上がる方が先になるのか。これは、誰にもわからないことですが。
東北地方で多くの人達が、この国は自分達の窮状に目を向けていないと感じています。没落した大阪人が、現状を否定しました。沖縄でも、うんざりしています。この先も、多くの地方で、民が不当に扱われている現状を知ることになり、東京都民もそのことを思い知ることになる日がやってきます。次第に民の不満が膨らみ、官僚のポチになっているメディアも読者や視聴者を無視できなくなります。
ただ、最大の問題は、時間がどれほど残されているのかということです。残念ですが、私は楽観的には考えていません。忍耐強いという民族の特性が、逆に民族を破滅に導く要因にならねばいいがと思います。


2011-12-18



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不幸の神々 [評論]



トヨタ自動車が業績の下方修正をしたというニュースがあります。
株式投資をしていない人、自動車産業に関係のない人、中部地方にお住みでない人には関係のない話題ですが、それでも、日本にお住まいの方であれば、無関係とは言えない話題だと思います。それは、トヨタ自動車が日本を代表する企業で、現在の日本の産業構造では基幹産業と呼べる立場にある会社だからです。
この数年、トヨタ自動車は災難続きです。アメリカでのリコール問題から、一気に坂を転がり始めました。あのリコール問題は、かなり政治色の強いものでしたが、外国に進出する以上、そのリスクは覚悟せざるをえません。それまでのトヨタ自動車が順風満帆の会社経営をしてきましたので、その落差は社員にとっては厳しいものだったと思います。
トヨタ自動車は、不幸が不幸を呼ぶ、という例えを地でいっています。
アメリカで徹底的に叩かれた後、東日本大震災によるサプライチェーンの寸断で生産低下を余儀なくされました。電力制限もありました。続いて、タイ洪水でも被害を受けました。しかし、業績悪化の最大の要因は円高だと思われます。
トヨタ自動車の受難もこれで終わるのでしょうか。
いいえ。まだ終わりではありません。OECDが世界経済の下方修正をしましたが、世界各国が競争するようにして下方修正を発表しています。世界全体の景気低迷が目の前にありますし、欧州の金融危機が銀行倒産国債デフォルトに進展すれば、世界恐慌がやってくるかもしれません。勿論、これはトヨタ自動車だけの問題ではありません。輸出産業で生きている日本にとっては、国全体の問題になります。
不幸も束になって来なければ、それなりに人間は対応できます。しかし、残念な事ですが、不幸の神々は束になるのがお好きなようです。昔の人は、このことを「弱りめに祟りめ」という言葉を警句として残しました。我々は忘れがちですが、人間社会では珍しい事ではないのです。そして、人間は往々にして、自らその不幸の神の悪巧みに乗ってしまうことがあります。魅入られたように、自分で自分の首を絞めるような行動を取ってしまうのです。そういう意味では、トヨタ自動車はよく耐えて、撥ね返して、前進しようとしています。多分、多くの優秀な人材が目一杯頑張っているのだと思います。是非、頑張っていただきたい。
しかし、政治の世界では、人材らしき人材が枯渇してしまい、不幸の神に引き寄せられているように感じられます。国民にとっては、このことの方が不幸な事です。
どじょう内閣が誕生して、まだ3カ月ですが、株式投資の格言に「見切り千両」という言葉があります。駄目なものは早く諦めて処分することが利益に繋がるという意味に解釈しています。どじょう内閣は、この損切りタイミングです。
今年9月に、日記「強欲豚と売国奴」で、どじょう内閣を私は亡国内閣と呼びました。このままでは、「どじょう」は亡国の火縄に点火することになってしまいます。もう、お辞めなさい。限界です。あなたは、「どじょう」でも総理大臣になれたという輝かしい歴史を作りました。それは、すごいことです。もう、充分、役目は果たしました。
支持率が低下したことに焦ったのでしょうか。突然、行革検討チームが出来ました。民主党政権では、会議を作ったり、プロジェクトチームを作ること自体が目的になっているように思います。結局は何もできないのに、体裁だけは整えたいと思うのでしょうか。行革こそが不退転の気持ちでやらねばならなかった民主党の仕事だった筈なのに、解散が近づいた今になって形だけは整えたいという根性が許せません。小沢さんが言うように、国民との約束が何も出来ていません。いいかげん、腹立つんですけど
姿形は「どじょう」ですが、これは、きっと、不幸の神が変身した姿なのではないかと思ってしまいます。鳩山や菅を操っていた不幸の神が呼びこんだ別の疫病神なのでしょう。
つまり、民主党には日本を背負って立つ人材がいないという証なのだと思います。いや、きっと、民主党は疫病神の養成所なんだと思います。鳩山が総理の時も、菅が総理の時も、最低と最悪の集まりだと、同じような事を書いたような記憶があります。

さて、トヨタ自動車の業績悪化の最大要因である円高ですが、この円高は当分の間是正されることはない、という意見が大勢を占めています。
短期予測は円高、中長期予測では、超円安という予測があります。政府は数十兆円の為替介入を実施していますが、効果はありません。アメリカがドル安誘導をやっているのですから、敵う筈もありません。為替介入で大量に手にしたドルでアメリカ国債を買っていれば、アメリカのために働いているようなものです。アメリカには他の選択肢がありませんから、ドル安誘導は当分続きます。従って、短期予測は円高なのです。
では、何故、中長期予測では、超円安という意見があるのでしょう。ただの円安ではありません。超がつく円安とは、1ドル1000円というようなレートを指しています。
以前、日本崩壊の日記「まさか」で書きましたが、崩壊のプロセスで起きる現象を指しているものと思われます。つまり、ハイパーインフレがやってくると予測されているのです。
円高も問題ですが、この超円安はもっと問題です。いくら、優秀な社員が頑張ってみても、国が潰れてしまえば、そこで終わりなのです。

欧州で、政治家の無能力ぶりを見せられたことが影響していると思われますが、世界中で政治の非力が指摘されています。その点では日本も負けてはいません。多くの国民は自民党や民主党に期待を持てないと感じています。
世論調査によれば、橋下待望論が強いようです。でも、数ある地方自治体の中でも大阪市政の改革は簡単にはできません。あそこには魔物が住んでいますから、改革が頓挫する可能性もゼロではありません。橋下氏のパワーでも、少なくとも2期8年は必要でしょう。もし、仮に8年後に橋下氏が国政に転身したとして、その年から国政を左右する勢力にはなれないかもしれません。超特急で地歩を固めたとしても、10年は必要だと思います。18年後だということは、日本が崩壊の真っ最中に総理大臣になることになりますので、橋下氏でも難しいのではないかと思います。多分、橋下氏は何をすればいいのかがわかっていますし、それをやるだけの行動力もあると思いますので、大変残念な事だと思います。でも、時間がありません。

S&Pは欧州債権格下げの可能性が高まったと発表しました。
12/9の欧州首脳会議を前にして、S&Pは警告を出していました。会議で抜本的な対策が打ち出されなければ格下げのリスクは高いという警告です。
欧州首脳会議の結果は、皆さんもご存じのように、成功という領域には届かない不明確な内容でしかなく、世界を落胆させてしまいました。
12/13にS&Pは再度、警告の発表をしました。「我々の格下げリストには、欧州の25の国債と、欧州の42の銀行が含まれている」という発表です。
次の欧州首脳会議は、年内に開催されるという予測と、開催は無理だろうという予測があり、確かなことは誰にもわかっていません。しかし、S&Pは年内に格下げを発表する公算が高いと見られています。
格付け機関に対する批判はあるものの、実際に格下げをされれば影響は出ます。それが、劇的な影響ではないとしても、欧州危機は次のステージに駒を進める結果になります。
もう、ニュースの主役から降板したギリシャですが、再建への道のりは厳しいようです。財政赤字はまだ増え続けていますし、成長見通しも何度となく下方修正されています。ギリシャ国債50%のヘヤカットも、現在、民間債権者との交渉が継続中です。周囲の人達は、誰一人としてギリシャのデフォルトが無くなったとは思っていません。
危機へ続く坂道の勾配は次第に角度を大きくしていきます。いずれ、自分の体重を支えきれなくなり、滑り落ちることになるかもしれません。急勾配になればなるほど、後ろに戻ることはできなくなります。この坂道から脱出する唯一の方法は、「しがらみ」や「過去の栄光」や「既得権益」という名前の重い衣を脱ぎ捨てて、違う道に乗り換えることしか無いものと思います。何故なら、坂道を滑り落ちる過程で身に纏っていた衣は剥ぎ落とされることになりますから、最終的には裸一貫になってしまうのです。自ら勇気を持って衣を脱ぎ捨てた方が、怪我が少なくていいのですが、これがなかなか難しいことは誰でもわかっていることです。それは、我々には欲もありますし、恐怖心もありますし、未練が断ち切れないという弱さも持っている人間だからです。
こうやって見てみると、国の行動も人間の行動原理から外れることは出来ないのだということがわかります。なかなか、クールにはなれません。
これらの危機は、欧州のギリシャやイタリアの問題だと考える人は少なくなったのではないでしょうか。問題を抱えていない国は、世界中に一つもありません。どの国も、いつでも、ギリシャとお友達になれるのです。また、その危機から逃れる処方箋も同じものになるでしょう。人種は多少違いますが、皆、人間なのですから。

アメリカのデトロイト市が破綻の瀬戸際にあるというニュースがあります。デトロイトと言えば自動車産業の拠点です。GMとクライスラーは復活を遂げたようですが、市の破綻が心配されています。アメリカという国は「ない袖は振れない」という意識が自治体にもあり、平然と住民サービスをカットできる国だと思っていました。デトロイトは、いつまでも「ない袖を振っていた」自治体のようで、ついに行き詰ってしまったのです。アメリカは建国300年ほどの若い国ですから、長い歴史に縛られた国と判断基準が少し違うのかなと思っていました。しかし、「しがらみ」を排除できない部分がアメリカにも存在するのだと思うと、少し安心するのは私の僻みでしょうか。

石田のブログでは、ほんとに、滅多に、明るい話題がありません。
「お前は無視されている。無駄な抵抗はやめて、出ていきなさい」と言われるかもしれませんし、好意的な人ならば「明るいニュースに焦点を当てましょうよ」と言うでしょう。そういう方からは、多分、「どっちみち、壊れるんだから、無駄な抵抗は止めれば」と言われると思います。確かに、その通りなのですが、少しぐらいは抵抗してみたいと思うのも人情ではありませんか。私、痛いのとか、苦しいのとか、余り得意じゃないんです。飢え死にとかも好きになれません。きっと、臆病者なんだと思います。
想像力(私の場合は妄想ですが)を封印してしまえば済むことなんですが、それが出来ないのも欲なんだと思います。悲しい事ですが。


2011-12-16



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犯罪動機 [評論]



日本経済新聞から記事を抜粋しました。
野田佳彦首相は7日、母校の早稲田大学で講演し「環太平洋経済連携協定(TPP)の話をすると米国の謀略説、一体改革では財務省悪玉論など入り口で変な議論が起こる。国の将来を考えれば政策論争を大いにやらなければならない」と述べ、与野党内の反対派をけん制した。

この記事を読んで、彼はTPPが米国の謀略であることも、財務省が悪玉であることも承知の上で国家運営をしている不気味な人だと思いました。彼の本当の動機がどこにあるのか、私には見えません。将来的に国民に害を与える行為ですから、厳密な定義をすれば犯罪行為になります。犯罪行為には犯罪を犯す動機がある筈ですが、それが見えません。
推測できる範囲で言えば、ただ単に視力が悪いだけの判断ミスによる犯罪ではないかということぐらいです。官僚は目先の問題を処理することを最優先にします。これは業務遂行上、避けては通れません。政治家は将来を見据えて、今、何をしなければいけないかを判断する責務を負っています。彼の場合は、官僚と同じ目線で、政治を、国家統治という仕事をしようとしている勘違い人間にすぎないのではないかと思われるのです。
どじょうの視力に関する科学的データは持っていませんが、いつも泥の中にいるのですから視力という点ではあまり期待ができません。
また、「国の将来を考えれば、政策論争をおおいにやらねばならない」とも言っています。
政策論争を避けているのは、総理、あなたの方ですから。
例えば、TPP問題で、農業問題を解決するために補助金を出すという政策で食料安全保障が維持できるという根拠を示していません。ISD条項に対抗する手段についても政府は何の情報も出しません。メリット・デメリットも提示出来ずに、どうやって議論するつもりなのでしょう。喫緊の課題である国家財政の悪化を叫んでいる本人が、税金を使って農家を保護することで財政悪化を進行させることについても言及しません。オバマとの約束の期限だけを気にしていたのは、議論の場を提供していないのは、あなたなのです。
財政問題に関しても、その全体像を示すことなく、目先、5%の増税をすることだけに注力しています。もし、政策議論をするつもりであれば、全体像を示し、その対策を議論しなければなりません。勿論、それをすれば5%増税に何の意味も見出せなくなるのですから、自分の考えが間違っていることを証明することになります。議論をしたくないと思っているのは野田君であり、反対している人達ではありません。
いつものことですが、余りにも言葉を弄びすぎます。
聴衆は若い学生諸君ですから、8割以上の学生は「俺達の先輩は頑張ってるんだ」と思うでしょう。有名人の顔を見に行った学生もいたでしょうが、中には、「ああすれば、人を騙せるんだ」と学習している学生もいたでしょう。つまり、教育上も害になっているのに、そのことにも気付くことなく満足そうな顔をしているのは、感心できません。先ず、学生に対する講演という場所を利用している。これは動機が不純です。また、人の騙し方を総理大臣が学生に教えることも不適切です。金メダルを二度も獲得したスポーツ選手が、教師になり、女子生徒に婦女暴行をはたらくことと、どこが違うのでしょうか。

犯罪動機について、視野狭窄による単純な判断ミスという可能性を挙げましたが、少し動機としては弱いようにも思います。
人間なのですから彼にも欲はある筈です。
言葉を弄ぶことができるほど、頭のいい人だとも思います。
そんな彼が、何故、こんなことをするのか。
本人にも、民主党にも、国にも何のメリットもありません。
せめて、国にメリットがあるのなら、自分の利益を度外視して行動するという言葉も使えるでしょう。しかし、そうではないようです。
唯一、利益を享受できるのは官僚達です。
では、官僚の利益のために、なぜ、ここまで自分や民主党や国に犠牲を払わせようとしているのか。私が思いつける事と言えば、恐喝されているのではないかということぐらいしか想像できませんが、違うのでしょうか。
あるいは、洗脳されているのでしょうか。
やはり、よく、わかりません。
野田君を見ていると、丁寧な言葉づかいをしながら、無差別殺人をしている異常者のような、そんな不気味な空気を感じます。そう思って見てみると、あの顔は、どこか暑苦しくて、嫌な顔に見えてきます。お友達にはなりたくありません。かなり、怖いです。
それでも、少なくとも、国民のことを考えていない事だけは、充分に伝わってきます。

母校で講演したり、国会を早々に閉じたりしている時ではないと思います。最重要課題は被災地の復旧・復興と原発事故の収束だと声高に言っていたと思うのですが、復旧・復興に汗をかいているようには見えませんし、彼の口からは「増税」という二文字しか聞こえてきません。

福島で、賠償金の議論の場にオブザーバーとして観客席にいた住民の方々から怒りの声が上がっていました。
東北地方の皆さん、もう我慢する必要はありません。あなた達は、怒ってもいいのです。
ついでに、言葉による騙しを指摘しておきます。政府は福島原発の状況を「冷温停止状態」と言おうとしていますが、正しくは「冷温状態」と言わねばなりません。被覆も溶け、メルトダウンしているのですから「停止」状態はありえないのです。核分裂は停止しません。東北地方の人達は、その環境下で生きていかなくてはならないのです。

先日、国家公務員へ冬のボーナスが支給されたというニュースが伝えられました。
前年比で+4.1%だそうです。
次官のボーナスは約300万円。
勤労者の多くが年収でも300万円以下のこの時代に、冬のボーナスだけで300万円です。次官ってそんなに立派な仕事をしているのでしょうか。
これって、全部、税金ですよね。
国家財政は危機に瀕しているんじゃなかったのですか。
ありえません。
この国は狂っています。
日本という国を企業に例えてみましょう。
収入が50兆円で支出が90兆円、毎年借金が40兆円ずつ増え、年間収入の20倍にあたる1000兆円の借金をしている企業が、社員にボーナスを払うものでしょうか。
いいえ、どこを探してみても、こんな会社ありえません。
企業なら無理でも、国家なら大丈夫だと誰かが保証してくれたのですか。
それも、ありえません。
私は崩壊が15年後だと予測しましたが、実際には、明日でも、一ヶ月後でも、一年後でも崩壊は起こり得る事なのです。日本は既に瀕死の重傷を負った患者と同じです。生命を救いたいのなら手術するしかない状態なのに、出血を止めることさえしていません。
日本が窮地に立っていることをひた隠しに隠すのは、実情を国民に知らせれば、当然、政治家や公務員が既得権益を失うことになるからです。そして、その既得権益を一日でも長く守るために、増税をするのです。これは、蛸が自分の足を食べるようなものですから、継続することは不可能です。冷静になって、現在を過去の歴史として見てみれば誰の目にも明らかな事です。どうして、こんな無茶をやるのでしょう。私には、狂っているとしか思えません。異常者の行動としか見えないのです。
橋下大阪市長が市の外郭団体の全廃を宣言しています。文化行政も全て見直すと言っています。大阪市の財政も逼迫しているのですから、当然の処置だと思われます。
橋下流に倣い、国も、独立行政法人等の外郭団体を全廃すれば、社会保障費の不足分は100年ほど心配要らなくなります。財政赤字も50年で解消できます。法人税の税率だって世界標準まで下げることも可能です。勿論、消費税増税など不要です。更に、公務員給与を一般の国民並みにすれば、手厚い福祉国家が誕生することでしょう。お国のために、公務員は既得権益を手放す時です。外郭団体を廃止するという話が出ると、図書館や美術館まで廃止するのか、という批判が沸き上がります。それは、日本の現状に誰もが目を瞑っていることによる錯覚です。国が潰れてしまえば、元も子もなくなるのです。それよりも、文化を大切にすることができる国にしなければなりません。
この窮状を世界に知ってもらいたいし、国民にもわかってもらいたいと思います。私は神ではありませんから、確信している訳ではありませんが、時間が経過し、歴史として振り返った時、今しかそのチャンスはないように思えます。今が一番危険な時なのでしょう。その危険を増税などで誤魔化してしまえば、チャンスを自ら失うことになるのです。
政治家の手腕だけで、日本の危機は危機でなくなるのです。電気料金も、ガス料金も、水道料金だって、今の半分になります。規制緩和をすれば、経済も活性化して、多くの国民が、また豊かな生活を夢見ることができる日本になるのです。これが、本来の国家運営ではありませんか。そうなれば、国民だって頑張れます。
残念ですが、日本は法治国家ですから、法律でしか現状を変えることはできません。立法府にいる国会議員にしか、できないことなのです。
野田君のような、気味の悪い、訳のわからない政治家は、国を滅ぼしてしまいます。
「どじょう」でも政治ができるという幻想は終わりにしなければなりません。


2011-12-11



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永遠の被曝 [評論]



東京電力福島第一原子力発電所での水漏れ事故のニュースについて。
45トンの水が漏れ、割れ目があったために、地中または海洋に流れ出た可能性もあり、現在調査中だというニュースです。
よく聞いてみると、この水は汚染水を浄化するための装置から漏れ出したもので、言ってみれば、浄化後の凝縮された放射性物質そのもののようです。濃度の高い廃棄物が漏れたのであり、汚染水の水漏れと比べ物にならないほどの危険物です。
ほんとに、45トンなの?
調査中という意味は、既成事実を作るためなの?
また、宮城県の廃棄物処理場で処理された汚泥の残材を調査したら、高濃度の放射性物質が検出され、その処理に困っているというニュースもあります。
津波で発生した瓦礫も汚染されていますし、除染のために削り取った土も行き場がありません。福島県のある町で汚染された土を集積している場所がありますが、その場所は非公開となっています。汚染土の集積場所として有名になることを避ける目的だそうです。
原子炉はメルトダウンしているために、未だに正確な状況は把握できず、放射性物質は吐き出され続けているのが現状です。この先も、定期的に除染活動をしなければ、安全確保は出来ないそうです。
農作物の出荷停止が次々に判明していますし、ある漁協では漁の出来ない状態が続いています。試験的に漁をして、汚染具合を調査していますが、出荷できる状態ではないのです。
牛乳の放射性物質が騒がれていましたが、今度は粉ミルクの放射性物質混入が判明し、メーカーは回収を始めたそうです。明治乳業は回収費用と売り上げ減で苦しい経営を強いられるでしょう。明治乳業も被害者なのですから気の毒です。
いよいよ、枝野発言の「ただちに」の期限が切れてしまったようで、東北地方はチェルノブイリ状態になってしまいました。いや、東京電力はまだ放射性物質を出し続けていますので、チェルノブイリより始末に悪いとも言えます。
このような状態の東北地方に、放射性物質の塊のような汚染水を出してしまう東京電力。野放し状態の東京電力。発表もデータも、東京電力の手にある異常事態。国家が統治しているような状況が見えてきません。東京電力も酷いですが、東京電力に責任を押し付けて他人事のような顔をしている政府は、もっと酷いと思いませんか。また、今頃になって東京電力への公的資金投入の話も出てきています。裏の裏の裏まで話がややこしくなり、当事者でさえも自分を見失っているのではないかと思われます。
もっとも、国は統治という言葉を履き違えていますので役に立たないと言ってしまえばそれまでですが、国が嘘をつき、真実を隠していたのですから、犯罪加害者である東京電力が正直に発表しているとは考えられません。犯罪加害者が会見を開き、堂々と嘘八百を発表している。この構図は、どう見ても変です。黒マジックで塗りつぶされたマニュアルをテレビ画面で見たことを憶えていると思います。真実の大半は隠蔽されています。
時間が経てば「実は・・・」という話が出てくると断言します。真実を知らされていない国民は放射性物質の被曝を今も受けているのです。そして、ほぼ永遠に。
これだけ、国民の生命を軽視しておいて、政府がやっている事と言えば、増税、増税です。
国としての責務も果たしていないのに、国民から税金を徴収する資格が日本政府にはあるのでしょうか。
国民は、もっと怒らなくてはいけません。これを許すのは太っ腹でもなく、広い心の持ち主でもありません。ただの無責任です。次の総選挙では、民主党議員を一人も当選させないぐらいの覚悟が国民には求められているのだと思います。民主党政権は国としての責務を果たしていない上に、多くの国民に健康被害を与え、生活権を奪った犯罪者でもあるのです。枝野発言に至っては詐欺罪にも匹敵します。
今も、乳幼児は汚染ミルクを飲み、子供達は給食で汚染牛乳を飲み、汚染された食料を食べ、空からは汚染物質が降ってくるのです。昔、アメリカの水爆実験で放射能汚染を受けた時、メディアは「死の灰」という表現を使いました。もし、放射性物質に黒い色がついていたとしたら、メディアは「黒い雨」と書くでしょう。ところが、今回の放射性物質汚染に関してだけは、メディアが刺激的言葉を使いません。国の逃げ腰に対しても寛容な態度に終始しています。東京電力に対しては慈愛の眼差しを送ります。現在、メディアがキャンペーンとして前面に押し出しているのは、増税擁護だけです。新聞・テレビの偽情報に洗脳された国民は大人しいものです。メディアが官僚の支配下にあることを知っている国民は、ごく少数です。独裁政権並みに言論統制されている日本の現状を誰も知らないのです。ネットには、まだ官僚支配という魔の手が及んでいませんので、ネットメディアでは国の姿勢に対する批判はありますが、いつかそれも変化するでしょう。
石田のブログのような弱小ブログが、いくら警告を鳴らしても何の役にも立ちませんが、それでも書くべきだと思っています。個人に出来ることには限界があります。それでも、やらないよりはやった方がいいと思っているのです。
数十年後に被害者が出た時に、私達大人は彼等に何と伝えればいいのですか。
「運が悪かった」では納得してもらえないでしょう。ま、確かに運が悪いという一面はありますが、それに対して我々が何もしなかったことは許されないと思います。
国に騙され、同胞に見放された被害者はどうしたらいいのですか。


2011-12-08



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国民の総意 [評論]



世論調査のニュースについて。
先ず、最初に世論調査の数字について、いつも不思議に思うのですが、なぜ、各社これほどの差が出るのかということです。それと、もう一つ、私の周囲の人で世論調査の電話を受けたという人が一人もいないのは何故なのでしょうか。
ま、それほど目くじらを立てるほどのことでもないので、これらの疑問は棚上げにしておきます。ただし、何らかの意思が働いているという疑惑は捨て去ることはできません。
さて、野田政権の支持率が50%を割り込む結果が出ています。
不支持率が支持率を上回りました。それでも、40%台の支持率はとても高い支持率のように感じます。民主党政権の支持率は20%程度が妥当だと思うからです。つまり、まだ国民は期待してくれているという感触を野田政権は抱いたことでしょう。もっと現実的に考えれば、10%台に落ちるには、まだ30%もの余裕があると自信を持ったかもしれません。それだけ、内閣支持率に対するイマジネーションが低下したということなのです。
次に、消費税増税の賛否は相変わらず拮抗しています。この数字に関しては過去に何度も言及しましたが、国民総意という観点からは実体を反映しているようには見えません。実際に世論調査の電話回答をした人がいたとして、見栄で賛成と答える人もいるでしょう。また、その人が公務員の場合は、賛成するしかありません。この数字が選挙に正直に反映するとも思えません。その点では、民主党の小沢氏の感覚の方が現実的だと思います。小沢氏の場合は権力闘争の一環ですから、少し極端な数字を出していますが、民主党が惨敗することは避けられないでしょう。
民主党と自民党の支持率が変わりません。両党ともに高い支持率を得ている訳ではありませんが、民主党の支持率が一番高いことには納得がいきません。それに反して、自民党の支持率が低いことには納得できます。庶民の気持ちとしては、大阪維新の会に注目が集まる事の方が自然に思えます。2010年8月に「拝啓、自由民主党殿」という日記を書きましたが、1年経った今でも、あの提案は生きているように思います。それは、野党になってからの自民党は何も変えられなかったために、国民の支持を得られていない現状を表しているように思えるからです。いや、もっと突き詰めてみると、自民党の低迷は自民党という政党の問題というより、国政にダイナミズムが失われていることを示しているのではないでしょうか。
では、自民党は生まれ変わることができるでしょうか。
個人的見解ですが、無理だと思います。
それは、裏取引で、既に消費税増税法案のシナリオに参画していると思われるからです。こんな姑息な手段をとって自民党が再生できるとは思えません。
世論調査では、増税法案提出の前に国民の信を問え、という意見が多いようですが、野田政権は来年早々にも法案を提出するでしょう。誰が考えても、これは奇手奇策の部類です。では、何故、このような違和感のある手法が実行されるのか。奇手奇策に見えたり、違和感を持ったりするのは、我々に見えているものが見せかけの姿であり、実態は闇の中にあるということがしばしばあるものです。
何度も書いていますが、今の日本国のリーダーは政治家ではありません。日本のリーダーは財務官僚なのです。その財務官僚にとって、増税が絶対命題になっていることは何度も書きました。
次の選挙で、どの党が政権を担当するとしても、消費税増税はしなければならない。官僚は財政危機の資料を見せて、政治家をそう脅します。増税を実現しなければ、政治家の既得権益は失われるのですよ、と説得された政治家が裏取り引きをした結果だと思われます。長年の間、政治家と官僚は既得権益という分野ではウィンウィンの関係を築き上げてきた仲間です。同じ穴の貉が反目することはお互いの利益にならないことを一番知っているのは自民党です。
増税法案を成立させて、選挙管理内閣を発足させ、次の政権が増税を実施する。このシナリオに自民党も乗ったのだと思います。増税法案を潰した場合、政権を取ったとしても、消費税で自民党が窮地に立たされることになるのですから、野田一人の責任にしてしまった方が自民党にもメリットがあるのです。法に従って増税するのですから、自民党にとっては確かに美味しい話なのでしょう。元々、自民党に国民目線はありません。
財務官僚にとっては、野田総理の誕生は願ってもない好機でした。犬に徹する覚悟のどじょうなど、どこを探しても見つかりません。彼等は小躍りしたことでしょう。それほど財政破綻の危機は深刻なものなのだと思われます。
この政界の裏取引で危機感を持ったのが、小沢氏です。時間はありません。年内に新党を立ち上げなくては政党助成金を手に入れることはできません。いくら多くの不動産を持っていたとしても、独立した政党の運営はできないのです。政党助成金という制度が、どれほど政治を堕落させたか、思い知る日がいつか来るのでしょう。
余談ですが、小沢氏が自分の裁判は陰謀だと言っていました。多分、これは小沢氏の推測が正しいのだと思います。検察庁だって官僚の仲間なのですから。壊し屋の小沢氏は、官僚にとって大変危険な存在なのです。どじょうと比べてみれば一目瞭然です。官僚達の次の一手は、有罪判決です。そのことを知っている民主党議員は、小沢新党に二の足を踏むことになります。
誰が、日本の政界を仕切っているのか。その事実を知らされていない国民は、どこかすっきりしない思いで政治の世界を見ることになるのです。
永田町と霞が関に蠢く魑魅魍魎共の親分は財務官僚だと判明すれば、国民は受け入れ難いと思うでしょうが、それなりに納得するとは思います。ただし、国民の求めているものは別のものです。国民の要求を受け入れてくれる受け皿ができれば、官僚に飼い慣らされた自民も民主も凋落することになるでしょう。大阪維新の会に向けた国民の目線を無視することは、既存の政治家にとって危険な賭けになるかもしれません。新しい政治勢力にとって、来年は飛躍の年になる可能性があります。現状を読み切っている政治家がいることを望んでいるのは私だけではないと思います。政治家が変われなければ、国民は重税と収入減に喘ぎ、国が日々弱体化していく現状は変わらないと覚悟しなければなりません。既得権益を死守しようとする国は衰退期入っているのですから、そのような国に未来はありません。公僕である公務員だけがぬくぬくと暮らせる国が、国民の総意とは思えませんが、いつまでこんな異常事態を続けるつもりでしょうか。
着々と進む増税シナリオ。利害の一致を見た政治家と官僚にとって、大阪維新の会の圧勝は危険信号でした。大阪府知事の挨拶回りに民主・自民・公明は幹事長が対応しました。いつもは、地方選挙の結果は国政に関係ないと切って捨てる中央政界ですが、今度ばかりはうろたえてしまいました。これも、変です。多分、官僚の助言(命令かも)があったのでしょう。仲間に入っていない維新の会は、シナリオを潰してしまうかもしれないのです。
政治家はすぐに裏切る種族だということを官僚は知っています。東の「みんなの党」と西の「維新の会」が連携して戦えば、風が吹きます。関東近畿だけではなく全国に新勢力が生まれるでしょう。既存の政治家も選挙に勝つためなら自分の魂の一つや二つは簡単に売りに出します。そんな選挙になれば、官僚の計画したシナリオは役に立たなくなる心配があります。既に、官僚は大阪都構想を受け入れるように政治家に働きかけていると思わねばなりません。国政に維新の会が参戦することだけは防がなければならないのです。
石田が書く時事評論は、独断と偏見、妄想と邪推の渦に見えるでしょうが、多分、それが欺瞞と隠蔽の中から真実を見つけ出す唯一の道なのではないかと思っています。


2011-12-06



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無謀な提案 [評論]



防衛省キャリア官僚の不適切発言がニュースになっています。
その不適切発言という火災に油を注いだのが防衛大臣の「知らない」発言です。
謝罪に訪れた高級官僚や大臣と面会した沖縄県知事は、5分で面会を打ち切ったと伝えられています。大臣に抗議文を渡す県議会議長は、余りの悔しさに声を詰まらせました。
それでも、ミスターどじょうは防衛大臣の続投を表明し、環境アセスメントの書類を沖縄県に提出すると言っています。さらに、「誠意を持ってご理解を得るべく努力します」という野田節発言をするだけです。誠意や努力という言葉を蔑にするもので、もし言葉に人格があれば、きっと怒っていると思います。
言葉で人を傷つけることは簡単ですが、言葉でその傷を癒すことは至難の業です。
なぜ、何度もこのような事態を招くのか。
個々の事例に個々の対処をしていても問題は何も解決しません。
これは、国家運営の基盤に対する誤認識によるものですから、表面を繕っても問題は次々に出てきます。これは、政権が変わっても変わることではありません。
国家とは何かを議論するしかないのです。
国は国民のためにあるのであって、利権集団の道具ではないという認識を国民が持つことからしか展望は生まれてこないのです。
では、沖縄県民だけが踏みつけられているのでしょうか。
いいえ。
踏みつけられ度合いに差はあるものの、日本国民が踏みつけられているのです。
国民は、そのことに薄々とではありますが、気がついています。
利権集団は自分の利益を守ることにしか関心がありません。沖縄県民や国民のことは二の次三の次ですから、その本音がボロボロと出てくるのは致し方のない事です。
メディアが目先の事象に右往左往し、学者も評論家も本質論に言及しません。なぜなら、彼等も利権集団の一員だからです。
そこで、私は沖縄県の皆さんに無謀な提案をしたいと思います。
この提案の実現性はゼロに近いと思いますが、発想の転換になるかもしれません。
その提案とは。
沖縄県民の総意として、日本から独立し、沖縄県丸ごと中国に身売りする事です。
そうすれば、米軍は撤退せざるをえませんし、中国にとっては地政学的に重要な場所になりますから手厚く遇してくれる可能性があります。
もし、沖縄県が行動を起こせば、普天間問題は解決するでしょう。日本国は真剣に県外移設を模索しなければならなくなります。身売りカードを持っていれば、経済的にも冷遇されることはありません。これは、弱者の恫喝になりますが、弱者には他に方法がないのではありませんか。
これが荒唐無稽な提案であることは承知しています。でも、このような提案が出てくる土壌は日々醸成されつつあるのではないでしょうか。まだ、国民の目にしっかりと見えているわけではありませんが、日本は国家運営に失敗している事を認識すべきです。第二次世界大戦では軍部の暴走が国を壊しました。今は利権集団の暴走が同じ轍を踏もうとしています。結果が出て、歴史を振り返ってみて気付いても意味がありません。我々は今を生きているのですから、後の祭りなど必要ないのです。
最近、テレビに野田の顔が出てくると不快になるのですが、これは私だけ。


2011-12-03



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舐めたらあかん [評論]



大阪の市長及び知事選挙のニュースについて。
最初に、大阪市民と大阪府民の皆様の良識に敬意を表します。
もし、この結果が逆に出ていれば、大阪も日本も終わっていたでしょう。
大阪都構想で何かが劇的に変わる訳ではないし、橋下氏の手法に問題がない訳でもありませんが、平松氏が再選されることに比べれば、橋下市長の誕生は日本人に一縷の望みを残すものとなりました。
投票率を見ても、大阪の市民・府民が危機感を持っていたことがわかります。多くの方が「何かを変えなくては」と思っていたのだと思います。全国の市民がそう思っていますが、それを行動に移したということは、大阪市民は腐っても鯛だったということです。昔の大阪を知っている人ならわかるでしょうが、大阪の地盤沈下は酷いものでした。市民に危機意識があれば、大阪は立ち直れるかもしれません。
この選挙は、過去の延長を選ぶか、何かを変えるかの戦いでした。投票した方に明確な意識はなかったものと思いますが、既得権益の擁護か世直しかの選択かだったと思います。
平松陣営は、市民に何を訴えたのでしょうか。橋下氏の言葉尻を捉えて、独裁を阻止すると連呼しただけで、そこには何のビジョンもありませんでした。それは、平松氏の目的が市職員の代弁者として既得権益を守る事ですから、ビジョンは生まれてこないのです。平松陣営に選挙参謀がいたのかどうか、疑いたくなります。もし、参謀がいたのなら、ネガティブキャンペーンで選挙戦を勝利することが出来ると判断したのでしょうか。ただ、組織票を当てにする従来型の選挙をやったつもりなのでしょうか。それとも、大阪市民を舐めてたのでしょうか。
国の仕組みを変えると叫んで、何もできなかった民主党の愚劣さを見せつけられた大阪市民ですが、それでも諦めることなく変化を望んだということは大きな出来事です。
市民は、今の世の中に「うんざり」しているのです。そのことを理解もせずに選挙戦を戦った平松陣営は、負けるべくして負けたのだと思います。それは、民主党に政権を獲られた自民党の選挙を思い出させます。つまり、平松氏は市民の顔を見ていたのではなく、市職員の顔だけを見ていたことの証明でもあります。現職の、しかも、まだ一期しかやっていない首長が市民に訴える内容を何も持っていなかった。これは、あまりにもお粗末ですし、市民を舐めているとしか思えません。
江戸っ子なら「馬鹿にしちゃあ、いけねえよ」と言うでしょうし、大阪の人なら「お前ら、あほか。舐めたらあかんで」と言うでしょう。
もし、橋下氏が大阪を変えることが出来れば、日本を変えることにも希望があるということになります。ただし、これは簡単なことではありません。大阪市を変えると言うことは、市職員の意識と待遇を変えるということでもありますので、一筋縄ではいきません。それは、既得権益との戦いなのですから、相手は強欲豚です。私なら二の足を踏みます。橋下氏が、敢えて「独裁」という言葉を使った理由もそこにあるものと思います。
残念ですが、話し合いでは何も変わりません。強権の発動でしか現状は変えらないのです。その強権というのは法律です。市議会与党を維新の会で占めて、既得権益を排除する法律を作る以外に方法はありません。橋下氏が市議会選挙に持ち込めなければ、橋下氏の敗北に終わるでしょう。そのためには、リコール運動が必要ですし、その展望が橋下氏にあることを願います。橋下市政は、ここからが本物の戦いになります。
これを国政に置き換えてみましょう。国の仕組みを変えるためには、公務員を変えなければなりません。そのためには、本物の公務員改革法が必要になります。民主党が政権を取った時に、最初にやらなければならなかったのは、この本物の公務員改革だったのです。人海戦術で政治主導が達成できるという甘い考えが全てを台無しにしてしまいました。それは、日本の置かれた現状を認識できなかったということであり、政党としては失格です。そのことに気付けなかった民主党は、国民の信頼を失くすことになったのです。勿論、自民党の不甲斐なさも民主党を堕落させたと言えます。そういう意味では、自民党はもっとひどい政党です。こんな政党が戦後政治を担ってきたのかと思うと、背中が寒くなります。日本の政治を三流だと評価した世界の見方が正しかったことを認めざるをえません。
前途多難ですが、大阪を変え、日本を変えてもらいたいと切に願います。
大阪市民は全国の市民に先だって一流市民への第一歩を踏み出しました。東京名古屋横浜も、まだ足踏み状態です。ここで、大阪の根性を見せてください。市民の力がなければ、何も変わることはありません。メディアでは橋本さんだけがクローズアップされています。確かに、橋下さんという人間がいなければ、この一歩はなかったと思いますが、見逃してはいけないのは市民の意識です。市民が白けたままでは、何も始まりません。投票率を上げ、変化を求めるために行動したのは市民の力です。メディアは、もっともっと市民をクローズアップしなくてはなりません。ここにしか、日本再生の可能性はないのです。
橋下さんが何百人出てきても、市民の高い意識がなければ何も変わりません。
為政者も民も、ここに気付いて欲しい。気付くだけなら、簡単なことではないですか。
あらゆる場面で、日本人の視点がずれている。これが現状なのです。それは、メディアの劣化による部分が大きいと思います。メディアよ、目を覚ませ。
中央政界の反応を見ますと、国政に携わる人達の意識の低さが目立ちます。ほんとに、この人達は何もわかっていないんだと思います。自分たちほど偉い人はいないと自画自賛している小人達の群れが、ふんぞり返っている様子は滑稽だと思います。それと、もう一つ、お年寄りは引き際が大事です。醜態を晒すのは、いかがなものかと思います。


2011-11-29



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世界も変 [評論]



小さなニュースから、世界を見てみます。
中国で幼稚園送迎バスがトラックと衝突し、園児等21人が死亡したという記事があります。
この事故に対して、中国のネット社会が大騒ぎになったそうです。
事故に遭った幼稚園送迎バスは9人乗りのワゴン車を改造したもので、運転手と係員の他に園児62人が乗っていました。改造したとはいえ、9人乗りのワゴン車にどのようにして62人もの子供を乗せることができたのか、想像しづらいのですが、「何でも有り」の中国ですから、実際に乗っていたのでしょう。
では、なぜ、ネットで問題になったのか。
海外のスクールバスの映像が出ていて、中国の幼稚園送迎バスがあまりにも貧弱であり、そのバスの貧弱さが多数の子供達の生命を奪ったからです。民衆の批判は政府に向けられています。人工衛星を打ち上げる費用があるなら教育費に使えという批判や、お役人の公用車を減らせという批判だそうです。役人の公用車を無くせ、ではなく減らせというのは、一人で何台もの公用車を使っていることを庶民は知っているからです。

アメリカでは、チャリティーポーカーというものがあるそうです。チャリティーとポーカーがどう結びつくのか、記事を読むまでわかりませんでした。
その背景は、教育の現場が予算不足と教員組合の抵抗で破綻しているために、貧乏人はまともな教育を受けることが出来ずに貧困から抜け出せないという現実があるようです。
これは、アメリカの謳い文句だった「アメリカンドリーム」の終焉を意味します。そこで、金持ち達がポーカーで金を賭けて、その金を教育に寄付するというチャリティーなんだそうです。驚きのチャリティーです。

日本だけが狂っている訳ではない。世界も変。でも、これは喜んでいいのでしょうか。
中国の場合も、アメリカの場合も公務員が関係しています。勿論、中国とアメリカだけではありません。調べた訳ではありませんが、多分、全ての国が同じ問題を抱えています。
国家システムの硬直化が、根底からそのシステムを蝕んでいるように見えます。貧富の格差問題と公務員の利権が庶民を圧迫しているこの現実は、どうやら世界共通の病のようですが、ここに問題解決の糸口があることも確かなことではないでしょうか。
でも、逆の見方をすれば、この病は不治の病だと言うこともできます。なぜなら、公務員が既得権益を放棄したという話を聞いたことがないからです。
何年も前に、公務員問題を、公務員の定義を含めて解決しなければ世界は終末に向かうのではないかという預言をしたことがあります。既存の価値観では世界が変わらないことは、この百年で証明して来たのではないのですか。共産主義国家でも、資本主義国家でも起こり得る問題だとすれば、社会体制の問題ではなく人間固有の問題だと思います。
国家という機構がなぜ存在するのか。それは、国民の生命と財産を守り、民を幸せにするために存在している筈でした。国家を機能させるために生まれた公務員という存在が、今は機能不全を起こす元凶になっているのは、変です。
新しい哲学と思想の構築なしには人類の未来は暗いものにならざるをえません。
世界中に蔓延している理不尽は、人類の運命なのだと決めつけてしまえば片のつく話なんでしょうが、ほんとに、それでいいのでしょうか。
新しい価値観を作れるのは、世界標準から乖離している日本民族のような気がするのですが、無理ですかね。
無理なんでしょうね。日本でも公務員だけは我利我欲という世界標準に近いのですから。


2011-11-28



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責任回避 [評論]



日本経済新聞の記事によりますと、民主税調の藤井氏は日本外国特派員協会で講演し、「ある日突然、日本の国債が暴落するということがもう目の前にある」と指摘。財政危機で金利が高騰したギリシャの二の舞いになり得るとしたうえで、「(日本の債務危機を回避するためにも)消費税をお願いしたい」と訴えた、とあります。
これは、おもわず、本音だと思います。あのご老人は、政治家のくせに嘘をつくのが下手な人で、嘘を言わねばならない時は顔付が変わる正直者の老人だと思います。財務大臣をやった頃から顔に苦しさが出てきました。きっと心の葛藤が顔に出たのだと思います。
日本国債は、冗談抜きで「やばい」のだと思います。
日本外国特派員協会での講演では、政治家は本音を語ることが多いと思います。日本のマスコミは官僚の支配下にありますので、どうにでも料理できますが、外国の特派員は支配下にありません。いいかげんなことは言えないのです。
何回か前の評論で、日本政府は財務省政府と言い換えても過言ではないと書きました。
何故、これほどに財務省の影が大きくなっているのでしょう。それは、そうしなければならない事情が財務省にあると考えるのが自然です。そもそも、行政には開かずの間が多すぎます。国民の目から隠蔽するだけではなく、議員に対しても公開されることがありません。よほどのことがなければ、官僚の間で処理され、闇に葬られるのが普通なのだと思わねばなりません。財務省がここまで前面に出てきたということは、そのよほどのことが起きていると考えなければならないのです。財務官僚では乗りきれない本物の危機に直面し、本気で政治家を利用せざるを得なくなったことで、影が見えてきたのです。
その結果、野田・安住・五十嵐の三氏に加え、民主税調の藤井氏など財務省の操り人形が日本の進路を捻じ曲げようとしています。これは、財務省の高級官僚が責任回避をするために、民主党政治家を徹底的に恫喝し、支配したものと考えられます。
消費税増税は社会保障と税の一体改革という宣伝文句だったのですが、本当の理由は財政破綻の先延ばしのためだったと藤井氏の発言は言っています。以前に「得意技」という日記で、社会保障という言葉は、単に枕詞に過ぎないと書いたことがあります。これは、官僚の常套手段なのであります。社会保障という言葉は、騙しの手口に過ぎません。
余談です。
社会保障と税の一体改革という宣伝文句ですが、国民は社会保障が充実するのだから、増税も仕方がないと受け止めていると思いますが、それは勘違いですから。
もっとわかり易く言えば、社会保障費の削減と増税により、財政破綻を先延ばしにし、利権の温存を図るという構図が正しい姿です。それは、これから行われる社会保障の変化を見ていれば答えは出てきます。
それでも、社会保障という枕詞をつければ、なんとかなるものなのです。
戻ります。
財政破綻は財務省の責任になります。何としてでも自分の責任にしたくないと思うのは官僚の基本姿勢です。正しくない動機によって行われた行動から、正しい結果が出ることがないとは言いませんが、その確率はごく小さなものです。
ここからは、推測でありますが、どこかの格付け会社から非公式の見解が届けられているのではないかと思います。これは、考えられるシナリオの一つに過ぎませんが、全くの的外れだとも思えません。次に日本国債の格付けが下げられると、一部の金融機関は社内規定により日本国債の購入ができなくなると以前に書きましたが、いよいよ現実味を帯びてきたということなのでしょう。蟻の一穴という言葉があります。どこの金融機関も戦々恐々としています。資金投資先がないために日本国債を、無理を承知で、保有している現状は熟知していると思います。その根底には「財務省が何とかするだろう」という思惑がありますが、その思惑には何ら担保がないことも知っています。従って同業他社の動きは気になります。一社が日本国債市場から撤退することが判明すれば、横並びの行動をする可能性があります。これは、日本企業の特色ですが、金融機関には特にその傾向が強くあるように思います。そんなことになれば、格下げは致命傷になる可能性があります。勿論、財務省の裏工作も行われていると思います。行政が民間企業の社内規定に注文を付けることなどありませんが、今回ばかりは社内規定の改定を強く迫っていると思います。財務省と金融機関は、昔から運命共同体でしたが、その関係は更に強いものとならざるをえません。そして、民間企業の社内規定の改定などニュースにはなりません。
増税では財政破綻は防げないと何度も書きましたが、それでも、増税すれば破綻の先延ばしは可能です。政治家も官僚も自分が国家破綻の当事者にはなりたくないと思うでしょう。例え、先延ばしをして事態が悪化したとしても、いや、間違いなく悪化するのですが、自分が当事者になるよりは何倍も魅力のあることなのです。

最悪の為政者とは酷税を課す為政者です。国民の生命と財産を守るという使命を持った国が、国民から生命と財産を奪い、それを恵まれし官僚達に分配するのです。人道的には許されない事ですが人間社会では決して珍しいことではありません。でも、暴挙であることには変わりがありません。その結果は、自殺者の増加だけでは済まないでしょう。犯罪も増加しますし、餓死者が出るかもしれません。
この暴挙がごく少数の高級官僚の責任回避のためにやることなのだとすれば、犯罪の領域の問題だと私は思います。それは、自殺幇助であり、犯罪の共犯であり、保護責任の遺棄に相当する犯罪行為です。
日本国民は、地獄に堕ちる前に官僚から利権を取り戻さなくてはなりません。私の推測では年間50兆円の税金が利権集団に吸い取られているのです。
す、すみません。
我々国民にはその手段がないことを忘れていました。
日本が独裁政権下にあれば、まだ革命や暴動という選択肢があったのでしょうが、民主国家では何もできません。国民に権利があるように見せておいて、実際の権利は国民にはないのが民主主義国家なのだと思います。実に上手にできています。
権力者は自分の権力のために権力を行使する。これは、どのような国家形態であっても不変の真理なのでしょう。民主主義国家が例外だと思うのは幻想にすぎません。
大変、残念です。


2011-11-24



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激動の序章 [評論]



CDSという言葉を耳にしたことがあると思います。
ただ、庶民の間ではあまり有名ではなく、AKBみたいなアイドルグループだと思う人もいるかもしれません。
CDSは、クレジット・デフォルト・スワップという立派な商品なのです。保険契約だと考えてもらえば分かり易いと思います。社債や国債が支払い不能になった時に、それを保証してくれる契約のことです。
このCDSが心配の種になるかもしれないという記事をフィナンシャルタイムズ紙が出しています。このCDSは変動価格商品みたいなものですから、該当する債権の信用力に合わせて上下します。長期金利より敏感で、欧州危機の始まりの時にはこのCDSがバロメーターになりました。
一般の保険契約で保険金を請求した方なら経験があると思いますが、保険金はその契約事項をクリアしないと手に出来ません。ギリシャ国債が50%のヘヤカットをしますが、国際スワップデリバティブ協会(ISDA)は、このヘヤカットをデフォルトだと認定しませんでした。その理由は強制的なヘヤカットではなく、債権者の自発的行為だからという理由です。欧州の政治家達は、債権者に対して自発的ヘヤカットに応じるように圧力をかけ続けました。債権者もお上に逆らえずに受け入れたために、CDS保険金を手にすることはできなかったのです。どう考えてもデフォルトだと思われるギリシャ国債は、表面上デフォルトという烙印を押される事態を免れたのです。ギリシャの債務金額が膨大ではなかったことも自発的ヘヤカットになった原因かもしれません。
今、問題になっているのはイタリア国債のCDSです。今度は金額が大きいので、債権者は簡単に自発的ヘヤカットに応じるのは難しくなります。更に、スペイン、フランスまで債務危機が広がれば、CDS自体が商品としての価値を失うかもしれません。
半年ほど前から、ドイツ銀行はイタリア国債のCDSを大量に買いました。その結果、CDSによる保険がかけられていないイタリア国債残高は1/10に減少しました。イタリアのデフォルトに備えたのです。でも、CDSが役に立たなかったら、どうするのでしょう。
アメリカの住宅バブルが破裂した時、その問題を大きくしたのは金融商品でした。ローン債権を種々の債権の中にもぐりこませて世界中に売ったことで金融パニックが起きました。FRBがその債権を丸ごと買いいれたことで大惨事にはなりませんでしたが、EUにそれと同じ事ができるでしょうか。
欧州発の世界金融恐慌が現実味を帯びてきています。

オバマ大統領の尻にも火がついてきました。今の状況では来年の大統領選挙を戦えません。共和党の大統領候補がピリッとしませんので、情勢は混沌としていますが、民主党が優勢だとは言えないのです。対話を前面に押し出して華々しくデビューしたオバマ大統領でしたが、外交的成果はなく、経済も沈んだままです。やりたい放題の中国のやり方にアメリカ国民は眉をひそめています。アメリカ経済の停滞は中国のせいだと考えているアメリカ人が多いと聞きました。特に失業率が高止まりしているのは、安い中国製品のせいだと思っています。為替レートを低く抑え、国の補助金で運営する中国企業はフェアな競争をしていないと思っています。その中国に対して、オバマ政権は弱腰だと見られています。
世論の力はどこの国でも大きいものですが、特にアメリカの政権は、世論に敏感だと言われます。世論を敵に回して大統領選挙は戦えません。アメリカはアジアのいろいろな会議に積極的に参加し、まるで、アジアの一員のような振る舞いをしています。南沙諸島の領有権で中国と対立する国々は、アメリカのプレゼンスを表面上歓迎しています。中国の一人勝ちを許せば、将来的にアメリカの国益を損なうことに初めて気付いたような振る舞いにもみえます。オーストラリアに海兵隊を常駐させる協定も結びました。アジアの同盟国に対して、戦闘機や軍艦の供与も表明しています。アメリカは、中国を封じ込めるという意志を示して見せました。
しかし、簡単なことではありません。アジア諸国の経済は中国の購買力に期待していますし、オーストラリアにとって中国は大きな顧客であります。一方、中国は太平洋の小さな島国に対して貸金業をやっていて、借金の代償にアメリカ軍やオーストラリア軍の監視基地を提供しろと迫っています。
まだ、決定的な敵対にはなっていませんが、軍事対決の序章になる可能性もあります。

その中で、日本の存在は小さくなりつつあります。先日のASEANでも、日本の首相は2兆円の提供を申し出ました。益々、日本の存在感は失われることになります。日本国内では、借金だらけの国なのに、お土産を持っていかなければ国際会議にも出席できない国を誰が信頼してくれるのでしょうか。2兆円の金が出せるなら、福島県民を救いましょうよ。
参議院予算委員会で、首相は消費税増税法案をあくまで提出すると答弁しました。国民を見捨て、民主党も捨て、民主党議員を路頭に迷わせるリーダーになりました。彼は、ただ、ひたすら、財務省のためだけに首相の地位を使おうとしています。財務官僚のマインドコントロールに屈服した小人にしか見えません。窮地に落ちている日本は本物のリーダーを必要としている時に、彼は日本を救うリーダーの資質に欠けると言わざるをえません。リーダーの敵は国民でもなければ、民主党議員でもありません。官僚を御さなくては日本の再生などあり得ないのですが、何も見えていません。そんな小人をリーダーとした日本国民に救いはありません。とても、残念です。


2011-11-22



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オリンパス [評論]



内視鏡で世界をリードする会社、オリンパス株式会社が不正経理をしたことで問題になっています。これを株式投資の視点から見てみます。
日本の株式市場における外国人投資家の影響力は、約5割以上だと言われます。このことは、外国人投資家が日本の株式市場を動かしていると言っても過言ではない数字です。私のような個人投資家の比率はごく少ないのです。個人投資家が少ないのは、株式投資で利益を出す人はごく少数で、ほとんどが負けて市場から去っていくと言われます。
従って、日本の株式市場の今後を考える時、外国人投資家の動向がそのまま日本の市場の動きになると考える必要があります。日本人の発想では追いつきません。
株が上がろうが下がろうが、自分には関係ないと思っている方が大半でしょう。このことについては、また別の機会に書きますが、実は無関係では済まないのです。
最近では、日本を代表する航空会社の日本航空が倒れました。東京電力の株価が1/10になりました。今、オリンパスの株はどこまで下がるかの途中ですが、上場廃止の可能性もあります。
外国人投資家の取引高は市場の6割とも7割とも言われますが、外国人投資家が長期的に保有している日本株は約25%です。それでも、日本航空、東京電力、オリンパスの株は保有していたでしょう。つまり、彼等も大損をしているのです。
オリンパスのことで、ただちに日本市場から外国人投資家が引き上げることはないでしょうが、彼等の脳には日本企業のあり方に対する不信感がインプットされたことになります。これまでは、かなり高い信頼感を持っていたでしょう。
投資はリスク許容度の問題ですから、彼等が今までのように日本株の比率を維持するかどうか心配です。世界の株式市場では、日本市場が割安と言われていますので、近い将来、日本株の比率が上昇する可能性は高いと言われています。しかし、ここ数年、日本を代表する会社の日本的な奢りが表面化している現状は、決して良い材料になりません。
積み重ねが一番の心配です。
この先、何が起きるかはわかりませんが、取り扱いを誤れば大事故になる可能性を作り出しているとも言えます。アメリカでは、AIGを救済しましたがリーマンブラザーズを倒産させました。それが、リーマンショックという世界的な大暴落に繋がりました。アメリカ政府は、このことを予測できませんでした。順風満帆な経済状況で、たまたまリーマンが倒産しただけなら、あれほどの大騒ぎにはならなかったでしょう。問題の積み重ねに対して、リーマンが最後の一押しになったのです。これは、いつでも起きうることなのです。
私は、そういう怖さを、ほんの少しだけ、オリンパス問題で感じます。
オリンパスがやったことは粉飾決算です。過去にも山一証券が粉飾決算で倒産しました。ライブドアもマスコミ(権力の手先)に叩かれ倒産しました。
オリンパス事件に、暴力団が関与した可能性を検察・警察等が捜査しているという記事もありますが、銀行は資金供給をすると表明しています。一方、日本生命や三菱UFJは手持ちのオリンパス株を売っています。国内も右往左往しています。
東京電力やオリンパスが生き延びるのは、問題があるように思います。ただ、オリンパスが倒産して、東京電力が生き延びることの方がはるかに問題があります。原発事故は粉飾決算と比較出来ないほど重大な犯罪だと思いますから。
経営トップの質の悪さは流行なのでしょうか。大王製紙やオリンパスだけではなく、読売新聞社、東京電力、九州電力。数え上げると、きりがありません。トヨタ自動車にしても、リコールの山を築くような会社ではありませんでした。
まだ、ガラガラという音は庶民には聞こえていないようですが、大丈夫でしょうか。日本が生き延びているのは民間企業の活力以外にありません。なんとか頑張ってもらいたい。

小さなニュースを。
ギリシャの今年1月から10月の実績が発表されました。
それによると、財政赤字は前年比で11%拡大し、税収では4%減少したそうです。
歳出削減と増税をした筈ですが、結果は逆になっています。ギリシャ国民には、まだ長く苦しい日々が続きます。我々は一人乗りのカヌーに乗っている訳ではないので、進路変更は簡単にはできません。航路を外れた大型船が既定の航路に戻るには時間がかかります。海には潮流もありますし、浅瀬もあるし、嵐も来るでしょう。そんなこと、誰でも頭では理解していますが、現実はその知識が役に立っているとは言い難いのが実情です。
アメリカでは、精神疾患の薬の消費が増加しているそうです。アメリカ国民の病気も簡単には治らないのかもしれません。
格付け会社のムーディーズがドイツの銀行11行の格付けを最大で3段階も下げました。ドイツが沈めば、EUもユーロも存続できません。既に、フランスの評価は落ちてきていますので、ドイツには頑張ってもらわなければなりません。
イタリア国債が危険水域に突入し、スペインも続いていますが、国際的にはイタリア国債は人気があったのです。日本でもイタリア国債の所有者がいます。イタリアは国内貯蓄率が高く、資産保有高も大きく、民営化の余地もありました。それなのに、長期金利は「するするするっ」と上昇しました。債務残高は大きいですが、プライマリーバランスは均衡していたと聞いています。それでも、長期金利は動きます。それは、資金という魔物が生き残るために金融市場を餌場にしてしまったからです。自由市場という前提がある以上、この関係は永遠に続きます。日本の政治家達は「日本は大丈夫だ」と言いますが、その言葉には何の根拠もないのです。市場は全く別の原理で動くのです。


2011-11-19



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続々TPP問題 [評論]



野田君の国会答弁を「言葉」という視点で見てみます。
「国益に沿って判断する。国益を損ねてまで参加することはない」
これって、正論に聞こえますよね。
でも、これは、言葉が持つ重みを利用した騙しの手口なのです。
国益とは何か。そこに言及しないところが、野田発言の真髄です。
国益とは何かを明言していませんので、最終的には、これは国益ですと言い切ってしまえばいいのです。後出しじゃんけんをする卑怯者の手口なのです。
野田君の発言には、こういう白々しさが、いつも、つきまといます。
中身の伴わない人間が言葉だけを利用する。その軽さが随所に現れるので、時間とともに信頼感が薄れていきます。
アメリカは、本気ですよ。
中途半端な逃げ口上は通用しません。
それは、アメリカがじわじわと追い詰められているからです。政治的な背景もなく、「ウォール街を占拠せよ」というデモが発生したことでもわかります。国内の不満が充満してきているのです。
また、アメリカも財政危機と無縁ではありません。歳出の削減は急務であり、巨額でもあります。先日、アラバマ州のジェファーソン郡が破産法の申請をしました。地方自治体が破産するのは、今年、4件目だそうです。1980年以降では49件目になるそうです。日本と直接比較はできないと思いますが、日本の地方自治体破産は夕張市だけだと思います。アメリカの場合、まだ破産自治体の予備軍は数多くあります。連邦政府の歳出削減は、地方と無縁ではありませんから、これからも破産自治体は増加すると思わねばなりません。地方自治体の破産は住民に直接影響します。アメリカ政府としては、国民の不満を無視できなくなってきているのです。
更に、軍事費の削減も待ったなしです。アメリカにとって、普天間問題は騒音問題ではありません。軍事力再編の問題であり、予算の問題なのです。遅々として進まない普天間問題は、アメリカ政府を苛立たせるだけです。それらの苛立ちがTPP「全品目」発言になったのです。もう、これ以上約束違反は認めないぞという意思表示です。
アメリカは、野田君がどんな言葉で逃げようと、日本はTPPに参加したという既成事実を前提に対応してきます。それは、アメリカ政府の発表にも出ています。野田君は、協議に参加すると言っただけだと逃げていますが、もし、不参加なら日本は約束を破った国になるしかないのです。そんなこと百も承知しているのに、「国益を損ねてまで参加することはない」と国会で答弁する。これは、騙しにすぎません。言葉遊びに翻弄されている野党の力不足も酷いものです。「二枚舌」などという言葉で、成果を得ようとしている野党議員の質が問われなければなりません。的が外れているのです。少なくとも、自民党は政権党だったのですから、政府部内で何が起きているのか。その程度はわからなくてはなりません。それとも自民党政権では官僚丸投げだったので、推測の材料もないのでしょうか。
日本政府(今では財務省政府と言い換えてもいいですが)の当面の課題は国際収支です。輸出でドルを稼いでいるのは大手企業であって、農家ではありません。もし、国際収支が赤字転落すれば、日本の財政はクラッシュします。財務省にとって大切なのは大手企業です。
彼等は、とりあえず、財政破綻を阻止することしか考えていません。農家を補助金で黙らせ、その補助金は増税で賄う。これは、既定路線になってしまったのです。そこに抜け落ちているのは安全保障の問題です。軍隊だけが安全保障ではありません。サイバーテロも安全保障問題であり、食料はもっと重要な安全保障問題です。
国際収支の赤字を阻止するために、それを経済成長で実現するならば国益ですが、増税で実現することは国益にはなりません。なぜなら、国民が疲弊した国に未来があるとは言えないからです。どんなに先延ばしをしても、日本の財政破綻は不可避です。増税で弱り切った国民に最後の打撃を与えることは、国の再生能力を奪うことになります。
国益の原点は民を守る事なのです。国益を守るために民に重税を課すという発想は本末転倒なのではありませんか。
野田君に、国益という言葉の持つ展望と覚悟を理解している様子は、私には見えません。
震災復興費、原発事故対応費、社会保障費、農家補助金、財政再建。税金をいくら増税しても足りることはありません。財務官僚の犬になった野田君を「使い勝手、よし、ひこ君」と官僚達が呼んでいるという噂話もあります。
言葉だけでは、何も解決しないのです。


2011-11-16



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武士の娘 [文学系]



杉本鉞子著の「武士の娘」という本を読みました。
原題は「A Daughter of the Samurai」です。大岩美代という方が訳したものです。
英語で書かれた、日本人による、日本の生活の話です。杉本鉞子氏は明治6年に、旧長岡藩の家老の家に生まれ、幼少時代はまだ越後の国という呼び方が相応しい土地で過ごしました。ところが、結婚した相手がアメリカで貿易商をやっていた兄の友人の日本人でした。少し、ややこしいですね。アメリカで生活していると、アメリカ人から「日本では、こんな時、どうするの」「日本にも、こんなお祭りはありますか」と日本のことをよく聞かれたそうです。日本のことを、アメリカ人に話しているうちにいろいろなことを書きとめるようになり、自分の生い立ちや生活をまとめたようです。
明治初期の地方都市の歴史の一部でもあったのでしょう。日本に大名というお殿様が何人いたのか調べていませんが、仮に100人とします。禄高によって多少の違いはあったかもしれませんが、一つの藩に5人の家老職の人がいたとすると、全国では500人です。徳川将軍家を別にすれは、武家社会の頂点にいた500人です。その娘なのですから、お姫様になります。明治維新以降に生まれていますので、既に姫君ではなかったのですが、まだまだ武家社会の空気はなくなっていない時代だったと思います。
結婚相手が決まり、渡米するために、明治の初期に英語を習得する目的でミッションスクールに通います。教師も外国人が多くいたというのですから驚きです。あの時代、英語の勉強をしていた女学生など数えるぐらいしかいません。特別の場所にいた特別のお嬢さんの生活史のようなもので、現在の私達が読むと別世界の雰囲気もありました。
なぜ、こんなことを書くのかというと、この本は世界で七ヶ国語に翻訳されている書物なのです。原文が英語だったので翻訳しやすかったのだと思いますが、見知らぬ国の方がこの本を読んで、日本人を理解したのだとすると、少し心配になりました。
翻訳ですから、文章力は原作者だけのものではないと思いますが、文章は活き活きとしていて、大変読みやすいものになっていました。自伝に近いものですが、時代と歴史と当時の女性の意識に触れるという意味では、それなりに楽しい本でした。
いつの世でも、女は逞しいのだと、あらためて感じさせられました。

著者の生まれた家には仏壇が大切な場所にあり、お寺や神社の話も出てきます。本人はミッションスクールに通い、クリスチャンの洗礼も受けたようですが、日本人のキリスト教信者だったようです。キリスト教やイスラム教は排他的な宗教ですが、仏教は少し違います。と言うより、日本人の宗教観が異質なのかもしれません。
日本では仏教も神道も山の神も海の神も、等しく神であり、それを無理なく受け入れるのが日本人です。日本人は、キリストもモハメッドも仏陀も通り超えた無限の場所にいる筈の神のような大きなものを神だと思っている部分があります。私の母もクリスチャンですが、父は建前では浄土真宗の不信心者ですし、私に至っては無神論者です。でも、母は夫にも私にも宗教のことで何かを要求したことはありません。日本人クリスチャンは、自分だけがクリスチャンであれば、そこで完結できるようです。
私は、若いころに無銭旅行に出たことがあります。食費以外はお金を使わない旅行です。ですから、ひたすら歩き、野宿します。でも、寒い時期でしたので野宿は大変です。ある日、寝場所を確保しようと、教会の牧師の家を訪ねました。汚れた旅人ですから、危険だと思ったようで、断られました。また、別の日に、お寺を訪ねて本堂の片隅を貸して欲しいと頼みました。早朝に和尚と掃除をする条件で、本堂を貸してもらいました。朝になり、和尚と境内を掃除して、礼を言って出かけようとしたら、「めしを食っていけ」と言われました。「なに、家族と同じものしか出せん」と言われ、私は有難く朝食をいただきました。そのときのみそ汁の味は今でも忘れません。私が無神論者だと言っても、あの和尚なら笑い飛ばしてくれるでしょう。
私の母はキリスト教で救われたと思ったでしょうし、私はキリスト教に不信感を持ちました。国家でも企業でも宗教でも、その担い手の資質によるという説に説得力があるように思います。
読書感想文の筈でしたが、また、脇道に逸れてしまいました。
小説を書くということは、私の場合、挫折を捜す旅のようなものなのですが、何故か捨てることができません。書く度に、自分の書いたものに挫折しますし、素晴らしい作品に出逢うと、やはり挫折しそうになります。それでも、また、書き始める。ほとんど、病気といってもいいのかもしれません。
前回、吉村昭の本を読んでいると書きましたが、今も、氏の「間宮林蔵」を読んでいます。但し、私は雑食ですから同時並行で他の作家も読んでいます。最近読んだものは、吉村昭、杉本鉞子、北方水滸伝・陽令伝、新保祐一、堂場瞬一、太田欄三、藤沢修平、山本周五郎、薬丸岳、深町秋生等で、何の脈絡もない内容になっています。
私は女流作家を苦手にしていますので、杉本鉞子は異例です。しかし、最近は女流作家が増えてきました。これは、時代を反映しているように思います。先日参加した「覆面作家企画」でも、皆さん無名の小説書きですが、やはり女性の方に才能があるように感じました。スポーツ界でも女子が活躍しています。男子も頑張れ、です。


2011-11-13



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時代という魔物 [文学系]



これは、読書感想文です。
誰でもそうなのかもしれませんが、ある本を読みますと、その作家の本ばかり読む癖があります。今は吉村昭氏の本です。
吉村明氏の「破獄」を読み、私はノンフィクションを書いてみたかったのだということに気がつきました。ところが、私には、「破獄」のような小説は書けません。
日本崩壊論を書いたのは、ノンフィクションが書きたくても書けない自分を納得させるための代替行動だったようです。反省すべきことかもしれません。

読まれた方も多いと思いますが、「破獄」は無期懲役刑が確定している囚人の話です。
青森刑務所、秋田刑務所、網走刑務所、そして札幌刑務所。四回も脱獄を成功させた、ある男の物語です。時代は昭和11年から昭和22年までの10年間です。主人公はその後、府中刑務所で刑期を終え、釈放されました。吉村明氏はノンフィクション作家だと思っていますが、記録文学だと捉えている方もいるようです。
語り手は、全編にわたって青森、秋田、網走、札幌、府中の刑務官です。
物語の半分は時代背景に費やされていますので、刑務所という特別な場所から見た戦前、戦中、戦後の昭和史でもあります。囚人を主人公とした物語としては成功した作品とは思いませんが、ノンフィクションの部分は秀逸だと感じました。そこに、この本の存在価値があります。
学校の社会科で勉強する現代史は、ほとんど項目だけの歴史です。この小説にはその現代史の一面が書きこまれているような気がしました。
若者の中には、日本とアメリカが戦争していたことを知らない人もいるようですが、私達は日本の現代史を社会科の授業とは別のカリキュラムで勉強すべきではないでしょうか。
軍国主義、戦争、空襲、沖縄戦、広島・長崎の原爆、敗戦、そして占領。300万人以上の人命を失った事実に対して、我々は無関心が過ぎるのではないかと危惧します。戦中から戦後にかけての食糧難の時代には、栄養失調が原因で亡くなられた方が大勢いました。誰もが空腹に苦しめられました。でも、国民の記憶からは消えようとしています。
為政者のミスリードで悲惨な目に会った庶民は、間違いなく犠牲者でした。昭和史を正しく認識することが、現在の、そして未来の日本には是非とも必要なことだと思います。
この平成という時代も、為政者のミスリードにより地獄へと突き進んでいます。
昭和史を学べば、人間とは、何と愚かな生き物なのだろうと感じずにはおられません。その愚かさから逃れるヒントは我々の中に、我々の歴史の中にあるように思います。
この「破獄」という小説には、なぜ日本が戦争に突入してしまったのか、については書かれていませんでしたが、結果として、国民が悲惨な生活を強いられたことは書かれています。言葉だけでも悲惨なのですから、実生活はさらに悲惨だったのでしょう。庶民に責任はあったのでしょうか。あるとすれば、無知だったという責任だと思います。
為政者のミスリードは戦争だけではありません。この先、日本が滅びるのは戦争によるものではありませんが、明らかに国家運営の失敗です。そこに必要とされているのは「勇気」だと思います。勇気の中でも一番難しい撤退する勇気だと思います。戦争でも、この先にある日本崩壊でも撤退する勇気があれば、民を守ることはできるのだと思います。国家にとって、その威信を守ることは不可欠ですが、それ以上に欠かせないのが、民を守る事です。そこが非常に曖昧になっているのですが、このことを抜きにしては、国家の存在理由は見出せません。第二次世界大戦では、結果的に民を守れませんでした。これは、為政者のミスリードだと思います。
ただ、当時の世界の潮流は覇権の時代でした。大きな潮流は人間の手では止めることはできません。また、単独の国がその潮流を止めることもできません。ですから、当時の日本が軍国主義に走ったことを、批判しても意味がありません。でも、どこかで引き返す勇気が必要だったとは思うのです。きっと、不様に見えるでしょう。でも、敢えてその勇気を持つことが求められていたのではないでしょうか。民を守ることが原点にあれば、可能だったように思います。これこそが、国益という言葉に相応しいと思います。
今の世界の潮流は格差社会です。世界中で格差是正の要求が出ていること。それがその証明です。現在も一歩引くことが求められています。
時代の潮流とは、恐ろしいものです。時代が変われば、なぜ、あの時、あんなことをしたのか不思議に思います。でも、我々はその時代という魔物の中に住んでいる訳ですから、それを見極めることは至難の業です。
日本人の中には、軍国主義反対を唱えていれば、過ちは繰り返されないと信じている人達がいます。それは、感性の貧しさです。人間はなんと愚かな存在なのでしょう。
国家運営の過ちが、多くの人命(日本人だけでなく他国の方も)を奪い、全国民に飢えの苦しみを与えました。これは、消すことのできない事実です。体験された方々の大半は亡くなられています。体験がなくても、人間には理性がある筈ですが、この理性というものは、余り役には立たないようです。
軍国主義であろうと、格差社会であろうと、国家運営の過ちだと認識すればいいのですが、それがなかなかできません。お上は、いつも自分達の過ちを認めようとしませんし、過ちだと指摘されることも嫌います。力づくで真実を曲げようとするために、益々過ちの中へとのめり込んでいってしまいます。その犠牲になるのは、いつでも私達国民だと相場が決まっているのも辛い事です。
これは、読書感想文です。日本崩壊論ではありません。
これ以上書くと、日本崩壊論に戻ってしまいますので、この辺でやめます。

小説の本文の最後に解説のページがあります。その解説者が「かつて文学者はアウトサイダーであり、社会にそむいた存在であった」と書いています。これが真実だとは断言しませんが、文学にはそういう側面はあると思います。久しぶりにアウトサイダーという言葉を目にしました。私も趣味で小説を書いていますが、自分はアウトサイダーという立場に立って書いているのだろうかと自問してしまいました。そして、アウトサイダーという言葉を懐かしいと感じたことに少し驚きました。大昔(高校生の頃)、コリン・ウィルソンの「アウトサイダー」を読んだことを思い出したのですが、いつの間にかその時の新鮮な感覚を失くしていたのかもしれない。人間界が不条理の坩堝だと、私に教えてくれたのはコリン・ウィルソンやカミュでした。人間が、絶望と希望で織られた細い糸の上を歩く危険な存在であることを教えてくれたのはニーチェでした。人間は、その宿命から逃れていませんし、これからも逃れることはできないでしょう。過去の歴史も、今、私達が作っている歴史も、そのことを証明しています。
アウトサイダーでなければ見えない景色もあります。ですから、アウトサイダーという認識を忘れかけていた自分は反省しなくてはならないと思いました。

吉村昭氏の作品は、まだ5冊しか読んでいません。
「破獄」と「漂流」と「羆嵐」と「冬の鷹」と「ポーツマスの旗」です。
私の小説のテーマは理不尽ですが、吉村氏の理不尽に比べると幼稚園児のような理不尽に思えて仕方がありません。可能な限り作り物を排除しようとする姿勢が、理不尽を際立たせるのかもしれません。
多分、同じ題材を私が書けば、作り物を山のように書いてしまいそうです。
「羆嵐」で人骨を噛み砕く場面がありますが、私に書けるかどうか。
妊婦を襲い、その胎児を食べる羆を、淡々と書く自信はありません。
文中、「腹、破らんでくれ」と羆に哀願するような叫び声がきこえた。と書かれています。
これは、私には書けません。
文中、羆撃ちの名人の話として、最初に食した人間が女の場合、羆は女ばかりを食するようになる、と書かれています。
想像だけで書かれたものではない重みがあると感じました。


2011-11-12



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外交力 [評論]



今日は時事評論ではありません。
吉村昭氏の「ポーツマスの旗」を読んで感じた事です。
1905年(明治38)、日露戦争の講和条約の交渉役になった外務大臣小村寿太郎が主人公です。
吉村昭氏は、ノンフィクション作家だと思っています。勿論、歴史家ではなく作家ですからフィクションが介在するのは当たり前でしょう。しかし、可能なかぎり史実に忠実でありたいという作者の意図は感じられます。
小村寿太郎は、明治政府の中では異色な存在です。九州の小藩の、それも貧しい下級武士でした。薩長土肥という藩閥政治の中では、立派にアウトサイダーでしたし、その言動からも嫌われ者であり、異色な存在だったようです。
その小村寿太郎が日露講和条約を締結するための全権大使に任命されたのです。
私が注目したのは、外交力の貧しさを知っていた小村寿太郎です。
この部分は作者の想像の範囲なのか、小村寿太郎の日記等に書かれていたものかは定かではありませんが、日本の外交力の貧しさを嘆く場面があります。鎖国状態のために、外交経験が乏しく、相手の手練手管に何度も翻弄された経験があったことで、外交畑で活動してきた小村寿太郎のその感覚は現実的なものだったと推測できます。
小村寿太郎は、自分の腹一つで交渉に臨むしかないと覚悟していました。仲介役のアメリカ大統領ルーズベルトにさえ、全幅の信頼を寄せていませんでした。既に、日米開戦の予感すら抱いていました。当時の日本人で日米開戦を語る人はいなかったでしょう。

小村寿太郎は、日本の外交力の貧しさは経験不足によるものだと考えていました。
日露講和条約から100年以上経過した今の私達日本人の外交力は経験を積んで、その貧しさから逃れることができたのでしょうか。
私には、そうは思えません。
明治時代の人が経験不足だと感じたことは理解できます。でも、100年経った今、経験だけでは対処できないものがあると考える必要があります。現在の日本外交と明治時代の日本外交との差は、極めて小さなものに思えるのです。ですから、これは経験の問題ではなく日本民族の個性によるものではないかと思うのです。この先、100年経とうが、200年経とうが、日本の外交力が世界標準になることはないと思わなければなりません。
日本人は、ストイックで、ピュアで、善意に満ちた民族です。この事だけでも、世界標準にはなれません。そのことを我々は自覚することから始める必要があります。
日本の為政者達は、世界標準である欺瞞と強欲だけは取り入れましたが、どこまで行っても日本人であることからは逃れることはできません。他人の褌で相撲を取っているのですから、何事もうまくいきません。
ここは、冷静に自己分析をし、国家のシステムデザインを構築すべきなのではないでしょうか。このままでは、先人達の嘆く姿が見えるようで悲しいです。


2011-11-11



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